Turks Novels BBS
〜小説投稿掲示板〜


[新規投稿] [ツリー表示] [親記事一覧] [最新の記事を表示] [ログ検索] [ヘルプ] [ホームページへ戻る]


- Inperishable Will【まえがき】 - 御神楽 紫苑 [1/23(Wed) 2:35]
Inperishable Will【1:極炎の姫君・前】 - 御神楽 紫苑 [1/23(Wed) 2:43]
Inperishable Will【1:極炎の姫君・後】 - 御神楽 紫苑 [1/23(Wed) 2:47]
Re:Inperishable Will【2:赤毛の兄妹・前】 - 御神楽 紫苑 [1/29(Tue) 1:53]
Inperishable Will【2:赤毛の兄妹・後】 - 御神楽 紫苑 [1/29(Tue) 2:50]
Inperishable Will【3:夜は踊る】 - 御神楽 紫苑 [3/1(Sat) 19:55]



Re:Inperishable Will【2:赤毛の兄妹・前】
御神楽 紫苑 [Mail]
1/29(Tue) 1:53



 私にとって、世界はこの白い土塀に囲まれた家の中だけだった。
 書物の中に描かれたあの広い世界に、どれほど焦がれたことだろう。 力ゆえに自由に出歩けぬこの身を、どれほど呪ったことだろう――。

 ある日、私は禁を破り、屋敷の外へと身を躍らせた。
 生まれて初めてこの眼で見、この身体で感じた外の世界。
 そこは、想像していたよりもずっと汚くて、ごちゃごちゃしていて、猥雑で、不揃いで。

 それでも。
 それでも、私は。

 ――もっと、もっと、たくさんのものを見てみたい。

 不思議と、そう思ったのだった。





 ――都の最北。
 圧倒するような威容をもって、かつての都の外界、現在の新市街を睨めつける羅生門から伸び、鳳凰を模った一対の彫像が護り、朱塗りの屋根が優美な稜線を形作る朱雀門に至る朱雀大路、その終着点。
 そこは、この応神皇国の象徴にして、天照大御神が子孫、至尊の存在たる光皇がおわす神域。
 陽光に輝き、天を衝くようにそびえる尖塔を中央に抱くのは、グロリアス・パレスや光宮という名で呼ばれる、白と紅で彩られた宮殿である。
 最上階に光皇の玉座を戴くこの全百五十階層の白亜の尖塔と周囲の宮殿は、一説には皇国成立の以前よりこの場に在ったとも言われる謎が多い建造物。
 その列柱とアーチを多用した、この国の他のどの建物とも違う特異な建築様式は、海を隔てた天空都市ルーンティアスの、これも有史以前から存在すると伝えられる白き市街に類似のものがみられ、同地にそびえ立つビフレストと呼ばれる神が住まった塔と同様の構造をなしていると言う者もある。

 地上からおよそ六百米もの高みに位置する至尊の座におわすべき帝は、今や病の床。
 その遥か下方にある豪奢な意匠が施された幾つもの小室のひとつでは、次にその一国の頂点をなす場所に座りたもう事になるのは誰か――
 さらには、外戚として大権を振るう者が誰になるか――それらを決める為の会合がもたれている。
 九条、綾小路、二条、岩倉といった大貴族達の欲望が渦巻く論議は未だ平行線をなぞるが如くで、このままでは天地が終焉を迎えても決着を迎えることはあるまい、とすら言われている。
 そして、その地に近い付近。 帝が住まう塔上層部を守護するように、皇国になみいる魔導師達の中でも頂点を極めた者達が集う皇国魔導院が在る。
 ここは皇国政治のなかでも魔術に関わる全てを統括する行政機構であると共に、“禁軍”や“四神騎士団”と呼ばれる、皇国最強にして最高のみならず、世界にも冠たる戦闘集団の本営だ。
 皇家に直属する彼らは、光皇の命令一下、数多の朝敵を歴史の闇の彼方へと葬り去ってきた。 その歴史は皇国の歴史の暗部を象徴していると言って相違なく、存在すらひた隠しにされてきた。
 しかし2900年代半ば過ぎに今上帝が即位してのち、改革と人員刷新が進められ、魔導帝国としての皇国を象徴する皇家の親衛騎士団のような役割を担うようになった。
 とはいえ、それ以前の暗殺部隊的な性格をもつ一隊も今に残り、その牙を研いで出番を待ちかねているとまことしやかに囁かれている。
 ――偽り、暗部、秘部のない王家など存在しない、と歴史家は言う。 光の神とも言われる始祖魔術師・天照の子孫として、光皇と号するこの一族も、また例外ではない。
 光あるところに闇はあり、この光宮にも歴史の闇と現在の闇が等しくわだかまっているのだ。
 そして、その一部をなす俗悪な者どもの会合の様子は、あからさまに険悪なものとなりつつあるようだった――蘇芳にいわく。
 今のところ、紫苑はそういったものどもとは無縁のところに存在している。
 その事実に心底感謝しながら、彼女は午後の人もまばらな光宮の中庭から、蘇芳が居る塔の五十五階付近に視線を向けていた視線を戻し、踵を返して歩き出した。
 彼女は塔内、十二階から二十階にかけて存在し、世界最大級の規模を誇る皇立図書館に資料を返却したばかりだった。
 道すがら承明門、建礼門といった門をくぐり、応神古来の建築様式による官庁街を、皇国議会が開かれる厳かな朝堂院を横目に十分ほどかけて通り、眼前に優美な姿を見せる巨大な朱雀門の下を抜ける。
 そこからは、枝垂れ柳の並木道が車道と歩道を隔てる小さな堀に沿って続き、視界の両端に大貴族の邸宅が立ち並ぶ、永安京旧市街の風景が広がっている。
 御神楽邸はこの朱雀門前の交差点、朱雀大路と二条大路が交叉する地点で東に進路をとり、大内裏の城郭に沿って二条大路を進んだ先に見えてくるが、今の彼女が向かう先はそこではなかった。
 目的地は、都のなかでも比較的身分の低い役人達がかつて住んでいた南部地域の東側、通称『ひねもす街区』。
 現在は様々な出身、職業、身分の者達が住み、古いものと新しいもの、この国のものと外国のものが渾然一体となった、独特の空気を作り出している場所だ。
 法令によって定められた例外的な措置によって、ここは都のなかでは土地と税金が最も安い。
 さらに旧市街の中では例外的に古くからの坊条制も撤廃されているため、およそ五百米四方ほどの土地に大小の住居と商店が林立している。
 さらにそれだけでは飽き足らず鋼材と合成材を駆使して地面の上に更に地面を作り、その上に更に新たな建物を建ててゆく始末。
 紫苑が目指す場所は、そんな中でももっとも小路が入り組んだ複雑な一帯だ。
 増築が繰り返された建物や上層の床面が日光をさえぎって昼なお暗いなかに、魔術で作り出された淡い光を放つ色とりどりの照明があちこちを照らし幻想的な様相を醸し出す、そんな場所。
 どういうわけか、この場所は昔、空を人工の地面が覆い隠す前から魔術に関する書籍や物品を商う者達が店を構える事が多かった。
 それゆえに都に住む魔術師達のほとんど、それどころか皇国中から魔術師達がここに良質の材料や高精度の実験器具を買い求めに集ってくる。
 この『ひねもす街区』が一大商業地区として成立し、この場所から空が無くなった後に『篝火横丁』と名がつき、都の中でもちょっとした観光地にすらなった。
 交差点を渡り、去年までは乗合馬車の待合所だった場所に立って、つい数年前に実用化されたばかりの、最新型の魔力駆動機関を使ったバスを待つ。
 皇国は、古代文明の遺産を解析・復元して現代の生活に生かしているエル・ネルフェリアや、魔術を使えない者達が集ってまったく魔術に頼らぬ道を模索したシュティーアといった西の大国とはまた違った、術式を物体に書きつけ、それに魔力を通すだけで誰でも効果を得る事ができる「符術」の技術を基礎とした技術体系を作り上げているのだ。
 ……やがて、弾力のある樹脂の車輪と地面とが擦れあう音を立てて、古めかしい意匠を凝らしたバスが現れた。
 応神は金属加工系の技術にはあまり強くない。
 エル・ネルフェリア製の、精巧で緻密な機構と装飾が凝らされた「作品」と称すべきものや、その更に東方に広がるウルズ大陸の雄・シュティーア製の、無骨だがそれに見合う力強さを備えたものと比べて、優美さも力強さも足りない――それが何時だったか、新しく竣工した海軍の旗艦≪武御名方≫を見に行ったときの紫苑の評だった。
 しかし、こういった絶対の強度を必要としない場所では、古来より培われてきた木と草と紙と布とを信じられないほど精巧に組み上げた、雅な美しさに溢れたものを作り出す。
 そう述べると大げさかもしれないが、少なくとも、この往古から存在した様式に則ったバスは、同じ用途のものでも鋼鉄の板金で作られたそれよりは、この古都の風景には似つかわしいものだった。
 料金を支払って前の扉からバスに乗り込めば、車内の床は板張りで、日差しを遮るイグサの簾の向こう側には硝子の窓がある。
 昼間ゆえに車内は空いていて、木製の支柱や、梁から下に伸びる吊革に掴まっている者は一人もいなかった。
 ゆったりと、「優先席」と書かれた三人がけの柔らかな座席に腰を下ろし――優先すべき人間がいないのだから、これくらいは許される、と紫苑は思っている――間もなくして、バスは走り出した。
 窓からは、遠くに小山のような『ひねもす街区』の姿が見える。
 地上の上に二層の人工の地面を持ち全体として台形をなす、巨大な多層型ショッピング・モールとでも呼ぶべきそこの最下層が、目指す『篝火横丁』だ。
 せいぜいが時速2〜30キロ米程度のゆっくりした速度。 魔力駆動の動力は静かで、排気もない。
 運転手が僅かな集中によって生み出した魔力が、彼ないしは彼女がつけている頭環から伸びる導線を経由し、車体底部にある薄い金属板を束ねたものにびっしりと刻み付けた術式を起動させて、車輪や自動開閉する扉を駆動させる為に要するエネルギーを捻出しているのだ。
 運転手にある程度の魔術の才が求められる――とはいえ、魔力放出など初歩の初歩であり、その程度の才を有さないものなど百万人に一人もいない。
 しかし、普通の人間一人のもつ魔力はたかが知れており、何十人もの乗客を乗せて運ぶこのバスのようなものを動かすには、『晶石』と呼ばれる、魔力を増幅する作用のある特殊な鉱石の助けが必要になる。
 これは零紀元暦二千二百年代、今から約七百年前に存在が知られ、二千八百年代、すなわち前世紀に精製・濃縮技術が確立した(皇国科学史上、最大の偉業といわれる)ものである。
 精製した晶石を術式回路に組み込めば、注ぎ込まれた魔力を貯蔵・増幅し、結晶の純度と大きさにもよるが、数倍から数百倍のエネルギーを引き出す事ができる。
 この力によって皇国は石炭や蒸気の力に拠らない産業革命を達成し、世界の先進工業国への参入を果たしたのである。
 しばらく経って――その間に、乗客は劇的に増えてゆき、紫苑は目の前の御老人に席を丁重に譲ったのだった――バスは朱雀大路を離れ、『ひねもす街区』に隣接する八条大路に入った。
 やがて、『篝火横丁入口』の停留所が近づいてきた事を告げるアナウンスが聞こえ、紫苑は下車のボタンを押した。
 ややあって若干の身体が前に倒れるような感覚と共にバスは停止し、人の波に押されるようにして紫苑もステップを下りるが、そのなかで彼女は動きにくい和装を選択したことを心底から後悔していたのだった。
 いつだってこの場所は、人で溢れかえっているのだから。





 篝火横丁は今日も人でごったがえし、薄暗い低空では、名の由来となった色とりどりの篝火が、柔らかな光で路地を照らしている。
 決して広くはない道をさらに数々の露店が狭め、様々な種類の効能を持つ香や没薬の香りが一帯に漂う。
 その中を、紅色に白で蝶の柄を染め抜いた小袖に山吹色の帯を締め、白銀の髪を珊瑚のかんざしで結い上げたといういでたちの紫苑が、宮家の娘らしからぬ足取りで掻き分けるように進んでゆく。
 そんな姿は人ごみの中にあっても否応なく目立ち、そこここから呼び込みの声が飛び、客引きの手が伸びてくるが――その中には、彼女が御神楽家の姫君と知っていて、高値で物を売りつけようとする命知らずも多数含まれている――今日の紫苑はそれらの全てに耳のひとつも貸さない。
 普段はそういう手合いに付き合って緊張感溢れる価格交渉を楽しんだり、露店を覗いて、安くかつ美しいアクセサリや、掘り出し物の魔導具などを探したりもする彼女だが、今日の目的は別のところにあったのだ。
 数軒の古書店を回り、とうとう五軒目の「古林」で目的の稀購(きこう)書を発見した紫苑は、あらん限りの交渉術を駆使して値切りに値切り倒したそれを厳重に梱包し、衝撃吸収符と乾湿調整符をその場で何枚か書き付けて梱包のボール紙に貼り付け、携えていた鞄の中にそれを丁重に押し込んだ。
「ありがとう、また来るわ」
「ま、又のごひいきを……」
 輝くような笑顔で手をひらひらとさせる紫苑とは裏腹に、店主が紫苑を送り出す声は引き攣っていた。
 上機嫌の彼女はすぐ傍の屋台で真っ赤に熟した林檎をひとつ買って、満足気な顔で、小気味良い音を立ててかじりつく。 次なる目的地は、横丁の最奥部に近い、人もまばらな場所にある薬店「猫目堂」。
 そのあばら家のような店を目指して、林檎をかじりながら歩いていると、ふと、ある店の軒下にしゃがみ込んでいる、フードを目深に被り、身体に対して大きすぎる外套をまとった子供の姿が目についた。
 篝火横丁に親子連れは珍しいものではなく、また迷子もそうである。 親なり兄なり姉なり、誰かしら保護者が探しているだろうが、何故か紫苑はその子供に妙な興味とシンパシィを感じたのだった。
「どうしたの?」
 食べかけの林檎を手に持ったまま、紫苑はしゃがみ込んでその子供に問いかけた。
 目線の高さを合わせることによって見えたフードの奥にあったのは、燃えるが如き紅い髪と、同じ色の瞳を持った、10歳ほどの可愛らしい少女の顔。
 紫苑が林檎を持った手を差し出すと、少女は一瞬ぴくりと震えたが、おずおずとそれを手にとって、両手で包み込むようにして口の前に運んだ。
「食べかけで悪いけど」
「……うん」
 しゃりしゃり、と音を立てて食べ始める少女の横に、紫苑も座りこむ。 着物が汚れるだろうが、あまり気にはならなかった。
「迷子になっちゃったのかしら?」
 こくり、と頷く少女。 迷子になった場合、うかつに動き回ると余計に探している相手と距離が離れてしまうことがままあるが、知らない場所で一人待っている、というのも心細いものだ。
「ねえ、どこから来たの?」
 そう話を向けてみる。 紫苑はこの少女の保護者が現れるまで、傍についていてやる気でいた。
 応神では珍しい色の髪を持った外国人と思しき少女を、彼女にとって未知の雑踏の中に置き去りにしてしまうほど、彼女は薄情ではないつもりだった。
「わからない」
「わからない、って?」
「どこでうまれたか、おぼえてないの」
 マズいところに踏み込んだか、と紫苑は、「じゃ、どうやって来たの?」と質問を変える。
「えーと……南」
「っていうと、やっぱり船か。 アグ・ヤンとか、ヴェダとかには船は泊まった?」
「うん。 あと、カルコサにもいった。 お兄ちゃんといっしょに船から下りて、お買い物したよ」
「面白そう……羨ましいわぁ」
 上げられた都市の名は、南方スクルズ大陸から、都の南に位置する応神本土・西の玄関口である和泉港に至る航路上に点在する寄港地の名である。
 いずれも劣らぬスパイスや香料、貴重な果実や鉱物資源などを産する豊かな熱帯の港湾都市で、鬱蒼とした密林の奥に点在する遺跡を探索しに向かう冒険者や考古学者達でにぎわう地だ。
「私、まだこの国から出たことがないの……あら?」
 紫苑の目は、こちらに向けて歩いてくる、革鎧の上に砂色の外套を纏い、長身痩躯に不釣合いな大剣を背負った、鷹のような目をした赤毛の若者を捉えていた。
「あの人、お兄ちゃんじゃない?」
 そう言いながら若者を指差してやると、少女の目線が彼女の指伝いに動いてゆき、歩んでくる姿に行き着いた瞬間、その表情がぱあっと明るくなる。
 「お兄ちゃん!」と声を上げながら駆け寄り、その外套に包まれた姿に飛びつくのを紫苑は優しげな面持ちで見届けると、彼女もまた立ち上がり、二人に歩み寄った。
「妹が世話になったようだ。 すまない」
 抱きつく少女の頭を不器用な手つきで撫でてやりながら、若者は礼を述べた。
「世話なんて程の事もしてないわ。 ちょっと話をしてただけだし……そんなお礼を言われるほどでも」
 彼女にしては珍しく、歯切れの悪い返答。 それも無理のないことで、紫苑は少女の兄だという若者の顔に、奇妙なほどの既視感を覚えていたのだった。
 ――むろん、その頬が若干紅潮し、照れ、という感情を表現している事も付け加えなければなるまい。
「……俺の顔がどうかしたか?」
 何か頭に引っかかるような気味の悪い感覚を振り払うよう努めていると、若者の方が怪訝な顔をして問うてきた。
「ああ、なんでもないわ……」
 そう返してから、今度は後悔した。 どこかで見たような顔なのは確かで、その事を口に出していれば、この奇妙な感覚の原因を探るとっかかりの一つもできるのに、と。
「ところで、これから何処に行くの? 都には不慣れみたいだし、私の用事が終わったあとでよければ、案内してあげましょうか」
 気を取り直して、紫苑は尋ねてみた。 既視感の正体を確かめたかったし、何より、この変わった兄妹と行動を共にしていると、面白い事が起こりそうな予感がしたのだった。
 もっとも、肯定的な返事はあまり期待していなかったが――
「そう、だな。 頼めるか」
 表情をほとんど変化させることなく返ってきた答えは、意外にも、イエスだった。



この記事にレスをつける時は、下のフォームに書きこんでください。
お名前
URL
メール
※SPAM対策のため、メールアドレスは入力しないようお願いします。
題名
メッセージ
パスワード
このツリーを一番上に持っていく

下のボックスにパスワードを入力すると、記事の修正及び削除が出来ます。
パスワード

Tree BBS by The Room