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- Inperishable Will【まえがき】 - 御神楽 紫苑 [1/23(Wed) 2:35]
Inperishable Will【1:極炎の姫君・前】 - 御神楽 紫苑 [1/23(Wed) 2:43]
Inperishable Will【1:極炎の姫君・後】 - 御神楽 紫苑 [1/23(Wed) 2:47]
Re:Inperishable Will【2:赤毛の兄妹・前】 - 御神楽 紫苑 [1/29(Tue) 1:53]
Inperishable Will【2:赤毛の兄妹・後】 - 御神楽 紫苑 [1/29(Tue) 2:50]
Inperishable Will【3:夜は踊る】 - 御神楽 紫苑 [3/1(Sat) 19:55]



Inperishable Will【1:極炎の姫君・前】
御神楽 紫苑 [Mail]
1/23(Wed) 2:43


 尽きる事なき大河にも例えられる、歴史という名の物語。
 それを紡いでゆくのは、時代に生きる人の意思に他ならない。


 ――『天魔戦争』。


 歴史には秩序と混沌との争いと記される、幾世紀にも渡って続いた戦。
 その終局は、世界を織り成す情報を自在に操り、変える事すらも可能な技術、『魔術』の暴走によってもたらされた。
 暴走する力は星を飲み込み、人類が築き上げてきた文明は、劫火の中に崩れ去った。
 それでも荒れ果てた地上に人々は生きていて、先人たちの残した技術の残滓に縋って命脈をつなぎ――

 そして、およそ三千年。 
 悲劇を繰り返さぬとの誓いの元、人々は『魔術』の力を再び振るって新たな文明を作り上げ、再び繁栄の時を迎えつつあった……。





 高天原は、大小99の島群からなる生活圏であり、九十九(つくも)島とも呼ばれる。
 かつては神が住まった土地と言われるそこは、現代においては世界でもっとも豊かな文化を持ち、繁栄を享受する地域のひとつだ。
 穏やかな気候風土に豊かな四季、変化に富んだ自然。
 そしてその中で、神の子孫と伝えられる天照家を中心に緩やかな共同体として始まった国家は、今となっては瑞穂・葦原・秋津・華音と呼ばれる四つの大きな島を中心に数千万人もの人々が住まう、世界でも五指に入る大国である。 国号は、『応神』。
 脈々と受け継がれてきた天照家の血統は『光皇』と号す国家の元首として、代々瑞穂島の中西部、永安と名づけられた京に君臨し、血筋を分けた分家や建国の功臣たちの子孫である貴族を従え、絶大なる権力を振るう。 民もまた繁栄の恩恵を十分に享受し、豊かな日々を送っている。 まさに、絶対君主の君臨する国家としては理想的といえた。 少なくとも――表面的には、そう見えた。

 しかし、零紀元2998年二月末――昨年から病気の床に臥せっていた光皇の容態がいよいよ悪化。
 新聞やラジオは扱いの大小こそあれ毎日のように帝(みかど)の体調を報じ、天照家が身近な存在である永安京の市民たちは、都の北、光宮の方角を見ては、帝の病状について噂しあった。  
 一方で、帝の容態についてより多くの情報を手にすることができる貴族達の間では、帝は既にして昏睡状態に陥り、回復はほぼ無いという統一見解が出来上がりつつあった。
 そして問題になったのは、帝の二人の息子たちは先年に急死して既に亡く、孫達はいずれも正式に太子として冊立されていないという事実である。
 ――誰が次の帝となり、誰がその後見となるのか?
 これこそが貴族達のもっぱらの関心事であり、既にして今上帝の長男・故篤良親王の遺児である七歳の長良親王を擁する九条家と、次男・故幸平親王の遺児である五歳の幸仁親王を擁する綾小路家との間には、不穏な空気が渦を巻き始めていた。
 その中にあって、当事者である両家以上にその行動に注意が払われたのが、皇家に連なる一族の中でも、こと最高の家格を有し、光皇に代わって政務を執りえる「摂政」に任ぜられる資格をもつ有栖川家と、御神楽家だった。
 有栖川家の歴史は比較的新しい。 零紀元二十世紀末、天下を二分する大乱が起こり、いっとき皇家の権威は地に堕ちた。 その際に諸国に割拠した領主達をことごとく討伐し、皇家の威光に再び従わせた有栖川高望親王を祖とする、代々軍部の重鎮を輩出してきた家系である。 高望親王以下代々の功績を称えて「泰華宮」の称号を有する名家だが、今代当主である影幸は「軍人は政に口を挟むべからず」と、今回の事態に関しては不干渉を決め込んでいた。
 そこで一層の注目を集めることになるのが御神楽家だった。 初代天照光皇の実弟である月読尊を祖とし、それにちなんで「月読宮」との称号を戴く御神楽家は、代々魔術師の家系として知られ、皇国魔導院の長官を最も多く輩出している。 また優秀な官吏も多く、皇国宰相にまで上り詰める者もあったこともあり、政治的な発言力は非常に大きいのだった。
 その噂の御神楽家は、都の北東、鬼門を守護する方角に大邸宅を構えている。 築何年が経つともしれない木造の蒼古たる大建築は、一説には、この地に都が定められた時から存在するといわれる。
 しかし、現在の御神楽家が置かれている状況は、邸宅の磐石な構えに反し、非常に微妙なものであった。
 「皇孫を擁する二家による板挟み」という状況の最中にあって、御神楽家の現当主は、まだ齢三十にも達しない、“ひよっこ”だったのである――。





 ほっそりとした狩衣姿の青年が、長い板張りの縁側をゆく。 すれ違う家人たちはみな彼に対して頭を下げ、彼はそれに柔らかな微笑を返す。
 庭木の手入れをしている使用人をねぎらい、やがて彼は障子を開けて、自室へと入っていった。
 純和風の書院造のなかに西洋風の調度が入り混じり、渾然一体となったそこの中央の文机に彼は向かい、家人が整理しておいてくれた自分宛の書簡や、決済しなければならない書類に目を通す。
 彼こそ今代の御神楽家当主、蘇芳だ。 御神楽家は魔術に関しては皇国で五指に入る家柄だが、この蘇芳に限っては、魔術の才に恵まれなかった。
 皇国の認定術者としての証である『魔導師』の称号こそ持ってはいるが、それは伝統ある魔術の名家の当主という立場についてきた、いわば棚から落ちてきたぼたもちのようなものだ――
 と、世人は噂をするし、また彼自身もそう思っている。
 実際、彼はこの称号にも、宮家を継ぐにあたって叙された三位という位にも、まったく有難味を感じてなどいなかったし、それを隠そうともしない。
 その姿勢が他の貴族達の反発を招こうと、世人にいかに噂されようと、彼は常に、柔和な微笑を浮かべて佇むだけだった。
 聞こえてくる鳥のさえずりや風のさざめきにいっとき耳を澄ましながら、蘇芳はゆっくりと熱い煎茶を口に含む。
 湯呑みを置き、紙束から一枚の書簡を抜き出し、最初の一行を読んで、彼は危うく口の中に僅かに残っていた煎茶を吹きかけた。
 むせそうになりながらも煎茶を飲み下すと、彼は時々笑いの発作に見舞われつつ、全文をなんとか読み終えた。
 そして彼は残りの書類に目を通すのもそこそこに席を立ち、意地の悪そうな笑みを浮かべながら書簡を手に持ち障子を開ける。 そして一歩を踏み出そうとして、あることに気がついた。
「ああ……そういえば、出かけていたのでした」
 数時間前に、目的の人物に仕える少女剣士が、主ともども外出する旨を伝えに来たのを思い出し、やれやれ、と彼は肩をすくめて再び文机に向かったのだった。

 ――蘇芳には、10歳ほど下の妹がいる。
 先天性のアルビノという、もって生まれた体質ゆえに病弱で、数年前までは家の外に出ることもなかった。
 ……そのように、世には知られている。 確かに彼女は、父であり、先代当主である御神楽秀明の許しが下りず、三年前までこの御神楽邸から一歩たりとも外に出ていない。
 しかしそれは、体が弱かったから――という理由では、ありえなかった。
 彼女は先天性の白子(アルビノ、色素欠損)であるにもかかわらず、特有の視覚障害や、紫外線に対する心配はまったく存在しなかった。
 全て、物心つく遥か前から、魔術を用いることでそれらの全てを補っていたのだ。
 そう、彼女は蘇芳とは対照的に、非凡な魔術の才をもって生まれてきた。 その力は特に炎を操ることに長け、また強力に過ぎて、無意識に周囲を傷つける程のものだった。
 その最初の犠牲者となったのは、他ならぬ産みの母親だった。 産声と共に、周囲に熱波と火の粉を撒き散らす赤子。
 秀明は自身も火傷を負いながら、震える手で娘を抱き上げ、そして、あるものを見たのだ。
 急に泣きやんだ娘の、血の色をした胡乱な目が急に焦点を結び――その中には超高密度の術式と魔力が渦巻いていた。
 この、天性の素質と、可能性と、そして危険性を孕んだ子が、どのような成長を遂げるのか――秀明は、それに興味を持った。 魅せられた、とも言っていい。
 それから、秀明は魔導院長官の職を辞し、御神楽邸にあって常に娘の力が暴走しないように目を光らせ、彼女が言葉を理解できるようになってからは、つきっきりで力を制御する術を教え込んだ。
 ……彼女は、この上なく良い生徒だった。 秀明の教える全ての事を、まるでスポンジのように彼女は吸収していった。
 彼女が十五歳になろうという頃には、知識と技術においては秀明に肩を並べ、力においては彼を凌駕する魔術師に成長していた。

 ――その父も、つい三年前にこの世を去った。 その日をもって、彼女は『魔導師』の称号と、自由を手に入れたのである。

 再び、紙をめくる音だけが響く室内。
「一目見て……ですか。 わからなくもないですが、見た目だけなら」
 呟くと蘇芳は、冷めかけた煎茶を一息に飲み干し、苦笑をもらすのだった。





 都から離れること、十数里。

 そこは、村から少し山を分け入ったところにある泉だった。
 清冽な水がこんこんと湧き出でるそこは、村人たちの喉を潤し、作物に恵みをもたらす、まさに命の泉。
 村人たちは感謝の念からここに小さな社を建て、きっと存在するに違いない、自分たちに恵みを与えてくれる泉の神を祭った。
 そんな、どこにだってありそうな、何の変哲も無い泉の傍の石に、今は齢十ほどの少年が腰掛けている。
 彼は何をするでもなく、所々苔むした石の上にも三年――いや、半刻ほどの間座って、ぼうっと目の前の景色を眺めていた。
 季節は初春、鳥たちが歌を詠い、木々の隙間からは柔らかな日差しが降り注ぐ。 泉は雪解けで水量を増し、涼やかな音を立てて村へと続く小川に水を注ぎ込む。
 その向こうでは朱が剥げかけて煤けてしまった鳥居と、柱が少し歪んでいる社が、木立の間から姿を見せている。
 彼がこんな場所にいる意味は、たいした事ではない。
 きっかけは、ほんの些細なこと。 いつもの調子で始まった口喧嘩は怒鳴り合いになり、つい勢いで家を飛び出した。 よくある事だ。
 その後、しばらく村の中をぶらついたが、どうにも居心地が悪い。 そこで、ほとぼりが冷めるまでこの場所に居ようと思ったのだ。
 一緒に遊ぶ仲間たちには馬鹿にされるので言わないが、彼はこの静謐な神域で、いつも変わらない水音と、季節ごとに変化する種々の 音を聴き、そして風景を眺めるのが好きだった。
 そろそろ、戻っても大丈夫だろうか。
 もしかしたら、自分が戻らない事で不安になった両親が探しに出る頃かもしれない。 なんにせよ、一発殴られて、謝って、頭を撫でられて、それで終わりだ。
 そんな事を考えながら、彼は腰を上げた。
 ――かさり、と言う音。
 自分が立てたものではない。 ――ふと、月に一度やってくる行商人が、最近は動物が減った代わりに、物の怪が昼間から出るようになった、と言っていたのを思い出した。
 まさかこの場所で、と思ったが、何とも言えぬ寒気が背中を駆け上がってゆくのがはっきりとわかって、彼は急にこの静寂が恐ろしくなった。
 また――かさり、という音。
 ぞくり、と肩が震えた。 冷たい汗が全身から噴き出し、夏の木漏れ日が降り注ぐ中、彼の足はまるで真冬に放り出されたかのようにがくがくと震える。
 彼はこの場から離れようと懸命にそれを動かすが、もつれた足が木の根に絡まって彼は前につんのめり、意に反して彼の身体は宙に投げ出された。
 一瞬の浮遊感、そして足首に何かの感触。
 覚悟して目を瞑っていた落下と激突はいつまでも起こらず、代わりにさらなる浮遊感を覚えた彼は目を開き、恐れと戸惑いが入り混じった表情をしてあたりを見回す。
 そして認識した、自分は今宙に浮いていると。
「ぇ……」
 漏れる声には狼狽が色濃かったが、それでも足首に巻き付いている、固く、節くれだった長いものが自分を宙にぶら下げているという事くらいは理解ができた。 それが何なのかは理解の埒外だったが。
 ――風もないのに、木々の葉がざあと揺れる。
「うわあぁぁああっ!」
 それが何か、とても恐ろしいことのように感じて、彼は蒼白な顔で悲鳴をあげた。
 懸命に空中でもがいて、足に絡みついたものからなんとか逃れようとするが、それは非常に強靭で、千切れも緩みもせず、かえって締め付ける力が強まるばかり。
「ひっ!」
 状況は少しも好転しない。 木々の隙間から長く細い何かが突然伸び、宙吊りの彼の手を絡め取ったのだ。 今度は彼にも、それが何かたやすく分かった。
 枝。 何本もの細い枝が絡み合って、まるで縄か、腕のようになっているのだった。
 辺りを見回せば、同じような物が何本と彼に向かって伸びてきていた。 おぞましい光景に、彼は意識を手放しそうになるが、本能的に意識される死への恐怖と、抵抗の意思が彼の気を保たせていた。
 ……それは典型的な樹妖だった。 年経た老木が瘴気に中てられて原始的な意思を持った妖物で、夜の間に動き回り、昼には周囲に広く放射状の根を張って獲物がかかるのを待つ。
 獲物は周囲の木々を操って作った腕で本体の場所まで運び、そこで精気を吸うのである。
 少年の全身を絡めとろうと迫ってくる、茶色く節くれ立った硬い腕。
 彼は魔手から逃れようと、目から涙を零して泣きじゃくりながら、必死に拘束されていない方の手足をばたつかせるが、無為なことだった。
 その手足から、次第に力が抜けてゆく。 諦念に支配されつつある意識で、彼は全身に絡みついた腕が自分を何処かへ運んで行くのを感じていた――。





 ……樹妖は、獲物を捕らえている間はそちらに注意が向き、周囲に対して無警戒になる。
 ゆえに、その樹妖は知らなかった。 樹妖が少年を捕らえる瞬間を、たまたま目にした人間が、二人存在したことを。 まして、その二人が自分を殺すに足る力をもつ存在であることなど。
 知る由もなかったのだ。



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