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- 強く儚い者たち=1= - 沙樹 [7/17(Sat) 7:37]
強く儚い者たち=2= - 沙樹 [7/17(Sat) 7:38]
強く儚い者たち=3= - 沙樹 [7/17(Sat) 7:39]
強く儚い者たち=4= - 沙樹 [7/17(Sat) 7:39]
強く儚い者たち=5= - 沙樹 [7/17(Sat) 7:40]



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強く儚い者たち=1=
沙樹 [HomePage] [Mail]
7/17(Sat) 7:37
黄昏時、それぞれの家庭がそれぞれの夕食の支度を頃、
一人の女性が町の中心にある料理店の前へと立っていた。
”幸福の食卓”
看板を確認し、その女性は扉を開く。

静寂を破って、ドアのベルがカランカランと鳴った。
扉が開かれ逆光の向こうに彼女は立っていた。
夜の仕込みをしていたメレリルは、じっと彼女を見つめ
そして来るべき時が来たと思っていた。
言葉を交わさずとも分かる。
彼女が何者なのか。
「貴方がこちらのマスターでしょうか?」
メレリルは静かに頷いた。
この町では見かけない顔だった。今しがたの船で着いたのだろう。
灰色の瞳、赤みのかかった長い髪。
彼女の憔悴しきった表情から、遠い道のりをここまで来た事、
そして、非常に思いつめて居ると言う事を感じた。
彼女は被っていた薄手のローブをサラっと脱いだ。
異国の香りがする。
寒い寒い北の大地。この港町の様な潮の甘い匂いではなく、
もっと寂しい、氷に閉ざされた大地の深い木々の香りがした。
そしてあの人と同じ香りだ、とメレリルは懐かしく思った。
もう、遠い遠い過去の様に思える時間。
戻らない時間にしばし思いを馳せた。


ジプロルフィリン港。ジフェンヒドラ島にある唯一のそして最大の港だ。
亜熱帯に属し、一年中薄着で過ごせる町である。
常に潮の香りがし、海鳥が遠くを飛んでいる。
夜になると、漁に出た船の漁火が遠くに見え幻想的な雰囲気をかもし出した。
島には小高い山があり、そこには社がたっていた。
古い古い時代に、この島が噴火し沢山の命が失われた、その慰霊碑とも言われている。
ただ、今は遠い昔。
それが事実だったか、ただの言い伝えなのか知る人すら居なかった。
海を見守る社。
この島の住民はここに、海での成功を祈り、
また海で失った仲間の為に祈った。
旅人もまた、これからの航海を終焉を祈り、
そしてここまで失ってきた仲間の為に祈りの蝋燭を点して行った。

様々な人が行き交うこの町で、町に定住している者は皆優しかった。
沢山の国が競合し、戦争が繰り返される中ジフェンヒドラ島は中立の立場を保ち続け、
そして、その中での抗争はタブーとされた。
どんなに敵対し、組織的に策略を考えたとしても。
この島には神でもいるのだろうか?
必ずそういった策略を企てる者は何らかの理由で失敗をし、
想いを遂げる事は出来なかった。
「唯一の楽園」そう呼ばれる所以もそこからであろう。
3つの大地を行きかう旅人たちが、そこで憩い、
ある者は探求に疲れ、永住し、
ある者は毎年恒例の様に、定期的に訪れ、
そして多くの者達にとっては一瞬の、そして至福の安らぎを得る場所だ。
ただ仮の宿でしかない。
多くの別れ、出会いが毎日の様に繰り返される。
そして、今日も一人の旅人が港へとたどり着いた。

その日も料理店”幸福の食卓”は沢山の客で繁盛していた。
この土地柄から、海産物をふんだんに使った料理が多く、
中でも、3日間かけてつくる”海からの贈り物”というスープは
全ての客を満足させた。
旅に疲れた者が、暖かい食べ物を体に入れ一息を付く。
町に住んでいる者が、友達同士とたまの息抜きとして外食をする。
定住者と、旅行者が行き交う独特の雰囲気が”幸福の食卓”にはあった。
一人の青年がドアを開けた時も、ただの一人の客としてその扉を開いた。
新しい者が入ってきてもみな振り向きもしない。
それぞれの話に夢中である。
昔取った栄光の話、苦労した話、
これから行く、夢の話、大きな野望の話。
「いらっしゃいませ、カウンターへどうぞ」
メレリルの声に導かれ、彼はカウンターの一番端へ座る。
そして、肩からさげている旅袋を床の上にどさっと置いた。
「酒をくれ」
彼の疲れきった顔からは生気を感じない。旅人に良く見られる顔だ。
目的を追う為に、自分を見失い何処にも行く事のない感情を内に秘めている。
メレリルにはそれが瞬時にして分かった。
彼女もまた、そういった旅人を受け入れ、食事と言うもてなしで安心感を与える者だから。
「お酒もいいですけれど、とりあえずわたしの料理を召し上がっては頂けないでしょうか?
決してお客様を残念な気持ちにさせる事は無いと思っております。
もし、お召し上がりになって満足頂けなければお代は頂きませんから」
彼は顔を上げた。
目の前には褐色の肌をした、黒髪をきちんと束ねた女性が立っている。
メレリルはにっこりと微笑み、言葉を続けた。
「もちろん、後で極上のお酒をお出ししますよ。
この地方では有名なアレビアチンという地酒です。琥珀色をした綺麗なお酒ですよ」
男は戸惑いながらも彼女の強い瞳に頷くことしか出来なかった。
「ふふ、よかった」
そして、彼女は極上のスープを彼の為に盛り付ける。
その間、彼はじっと己の手を見詰め、そしてこれまでの事、これからの事を
止め処もなく考えていた。
レスをつける


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強く儚い者たち=2=
沙樹 [HomePage] [Mail]
7/17(Sat) 7:38
「メレリル〜!!いつもの持ってきてよ〜」
赤い顔をした、女たちが女主人を呼びつける。
声をかけた女は空になったグラスを高々とメレリルに見せていた。
「わかったわ。でも少し飲み過ぎじゃないの〜?
明日、ナトール帰ってくるんでしょ?」
「いいのよ、あんな馬鹿亭主っ。
いっつもわたしの事ほっておいて、やれ鉱石だ、やれ幻の薬だっていって
勝手にふらって出て行っちゃうんだもの。
ここで、海女をやってる自分が馬鹿らしくなるわ〜」
彼女は自嘲しつつも、それでも心の底には主人が帰ってくると言う安堵があることは
周りの者にもわかっていた。
「わかったわ、あと一杯だけだしてあげるから、そしたらちゃんと家に帰るのよ。
あんた達も、ちゃんと家まで見届けてやってよね?」
女たち特有の笑い声。場が明るくなる。

そんな独特の優しさに包まれたなか、男の前には一皿のスープが出された。
メレリルの優しい無言の笑み。
真紅の汁に包まれた沢山の海産物。男は恐る恐るスプーンですくい、口へと運んだ。
口からのどへ、そして胃まで暖かさがすぅっと流れていった。
一瞬の間を置いて、一口、もう一口と男はスープを食べた。
そして、スプーンを置き、メレリルの顔を見る。
「どう?おいしい?」
ふっと男は口の端で笑った。
「あぁ、ちゃんと料金を払いたいと思ったよ」
「よかった」
「じゃぁ、あんたが勧めるその地酒とやらを出してくれるか?」
「わかったわ。飲みすぎないでね、口当たりは良いけどきついお酒よ」
「そうなのか。残念だな、俺は酒には飲まれないタイプだからな」
「そう、じゃあ割らずにストレートで出してあげるわ」
口の大きなグラスに大きな氷と琥珀色の液体が半分ほど入って出てきた。
「美味いな」
「当たり前よ、ここは”幸福の食卓”なんですもの」
そうして”幸福の食卓”のいつもの様な夜は更けていった。

ひとり、そしてひとりとそれぞれの家や宿に戻って行く。
最後に残ったのはカウンターの男であった。
さすがに豪語するだけはあり、酒には飲まれていないようだった。
ただ、悲しみの空気が彼の周りを包んでいた。
メレリルは静かにドアの外の札を裏返し「準備中」とし、扉の外のランプを消した。
テーブルの上に残された、食べ終わった皿やグラスを器用に運び、
ゆったりと、かつ的確に片付けていく。
メレリルがシンクを布巾で拭き終り、全ての片付けが終わったとき、
男の4杯目のグラスも空になった。
「まだお飲みになられるの?酔ってはいないようだけど、もう夜も遅いわ」
「すまんが・・・一緒に飲んでくれないか?」
男はうつむいたまま一言いった。
「ふふ。分かったわ」
彼女は彼のグラスに酒を注ぎ足し、そして自分のグラスを用意した。
琥珀色の液体がさらさらと注がれていく。
彼女は自分のグラスに氷とレモン汁を足した。
「少しね、酸味があるほうが好きなの」
そういって、彼女は男の隣に座った。
そして、暫く黙ったまま二人は、その時間を過ごしていた。

どれくらい黙って居ただろう。
彼が口を開いた。
「俺はカリシノゲナーゼの北部、シンシアの森からやってきた」
シンシアの森と言えば、針葉樹の生い茂る遠くの場所、
3大陸の中でも最も北部に位置する場所だ。
メレリルは改めて、彼を見た。
目の奥には深い悲しみと憂いを抱いた、闇が見えた。
灰色の瞳は何を捉えてきたのだろう。
短髪の髪に北国特有の白い肌、南国で育ったメレリルはその白い肌に憧れすら抱いた。
透明の白い肌。
触れたら壊れてしまいそうなその白さとは裏腹に、彼の顔つきは
とても険しく近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
聞いてはいけない事がこの人には多くありすぎる、メレリルはそう思った。
わたしはこの人が言うまで決して問わない。
そう心に誓った。
「妖艶の華を探している」
彼は言い切った。
「え・・・妖艶の華・・・」
青く光るその華は珍重され、万能薬として世には多く知られていた。
ただ、それを見た物は居ない。正確に言うと、妖艶の華自体を持ち帰ったものは居ない。
その力故に触れた者の生命を奪うと言われている。
妖艶の華と融合した、その”華の魂”を砕くことで薬となる。
巷で出回っている”華の魂”は多くはレプリカであり、本物に出会うことは
本当に皆無といっても良い。
ただ、その力だけが一人歩きをし、多くの求道者が全ての財を投げ打って、
効きもしない偽物の”華の魂”にすがる気持ちで想いをかけているという話も
多く出回っている。
「もちろん、実物を・・・だ」
「そう・・・。でも、わたしもここで捜し求めている人達を見てきたわ。
探し出してきたものは全て偽物だった。それでも、彼らは喜んでいたわ、
『これで大切な人を救える』ってね」
「いや・・・」
彼は一呼吸置き、そして小さな声で、しかし意思を強く持った口調でいい放った。
「妖艶の華そのものを見つけ出す。レプリカが出回っていることなど俺だって分かっている。
これでも祖国では腕の立つ剣士だ。”怨念の野原”に行ってもどうにかなるだろう」
彼がそれほどまでにして救いたい者。その強い想いは何処に向けられているのだろう?
「愛する人を救いたい、それだけだ」
深いため息を吐いた。
「先の5年戦争の話はこの地方にも伝わっているのか?」
「えぇ、港町ですもの。沢山の話が舞い込んでくるわ。本当の話も、嘘の話も。
ヒダントール帝の独裁政権が強くなったと言うのは良く聞いているわよ」
「俺の名はセルシン。その時の反乱軍の隊長でもあった」
「そう・・・」
「知らなかったんだ、彼女が・・・」
言葉に詰まる。
重い時間が流れる。
レスをつける


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強く儚い者たち=3=
沙樹 [HomePage] [Mail]
7/17(Sat) 7:39
セルシンの中をその時の映像が駆け巡る。
カリシノゲナーゼでは皇帝の貴族癒着の独裁政治と、民衆間での争いが絶えなかった。
何かの祭事の際には必ず、阻害する民衆軍が立ち上がり、それを抑圧され、
さらに民衆間の反感は高まって行った。
幼い頃から低級階層で育ってきたセルシンとて、民衆と同じ気持ちで居た。
あの皇帝さえ居なければ、父や母や兄弟たちは苦しまずに済む。
そう思い、剣術を覚える事に明け暮れた。
そして、青年になった時には最高の剣術使いと言われ気付けば民衆を指揮する
立場に立っていた。
そんな中偶然にも出会ってしまったリーゼ。
森の奥、湖の脇。
リーゼは密かに館を抜け出しこの湖に憩いに来たと言っていた。
その若くみずみずしい容姿にそぐわない、重いベールが彼女を包んでいた。
内に大きな意志を持っている、その姿が儚げであった。
リーゼの素性は明かされることは無かったがどこかの貴族の娘であろう事、
そして、自分の地位には婚姻するには見合わないと言うことは分かっていた。
分かっていたが、燃え上がった愛情は消すことは出来ない。
彼女の灰色の瞳も、胸まで伝う長い赤みのかかった髪の毛も、
そして何よりもこの愛らしい想いを大切にしたかった。
必ず、この独裁政権をつぶし、貴族と平民の境を無くすことが彼女への道だと信じていた。
そして、反乱前日の最後の密会。
「君を必ず迎えに行く」
その言葉の意味をどう捉えたのだろう。
彼女は寂しくただ、涙を流しそして言ったのだ。
「嬉しい、でも、恐らくわたくしは・・・」
それ以上は涙に濡れて何も言えなくなってしまった彼女がそこに居た。
ただ、抱きしめ、そしてこの手に入れる事をセルシンは誓った。
それは、精霊日。土地の宗教感からある、古い昔から設けられていた祈りの日。
全ての仕事が休み、人々が外出することは決して無い神聖な月に1度の日。
その日に反乱を実行した。
城に駆けつける民衆、それに敵対する傭兵。
多くの犠牲者が出る中最上階に上がったとき・・・
そこに居たのはリーゼとヒンダトール帝であった。
斬りつけにかかる反乱軍。
そこに皇帝直属の護衛が現れる。
流石は戦闘のプロである。数よりも技力。圧倒的に反乱軍は不利であった。
が、しかしリーゼを捕らえた反乱軍の一員がリーゼに手を掛ける。
「・・・っっ!!」
セルシンの声にならない声。
リーゼの悲鳴、流れ落ちる血。ただ、もう分からなかった。
自分の身がどうなっているのか、何処に置かれているのか、
何をしているのか、何が見えているのか。
ただ、リーゼの身を守り、その場から立ち去って居た。
愛する人を傷つけた。
この、小さな愛する人を。
こんなはずではなかった。こんな再会ではなかったはずだ。
彼女が決して素性を明かさなかったのも、
最後の日に悲しく微笑んでいたのも、全ては全てを彼女が知っていたからだ。
それでも彼女は
「貴方を待っているわ」
そういった。どんな想いで?どんな想いでその言葉を吐いた?
分からない。ただ、この命をか細くなっているこの命を救いたい。
そして、自分のしてしまった大きな過ちを許して欲しい。
あのまま、あの湖で会い続ければよかったのだ。
あのまま、決して手に入る事の無いこの人を見守り続けていればよかったのだ。
どうして強欲になってしまったのか。
息がか細くなるリーゼ。命のともし火が消えていくのが分かった。
彼女を抱えながら仲間を見放した、自分。
自分は何をしたかったのだろう。
この人の為だけにこれだけの命を犠牲にしたのか?
それでも、彼女をどうしても失いたくはなかった。
セルシンは氷が深く覆う山の麓の魔女の話を思い出した。
行き先も不確定のまま、リーゼの傷を薬草で癒し、不眠不休で歩き続けた。
そして、鬱蒼とした森の中に古く閉ざされた魔女の家があった。
ただ、不気味なだけ。
そして、心の凍る笑顔。
魔女はリーゼを救うことをあっさりと引き受けてくれた。
「ただ、いくら魔術とは言え、死んで行く命を引き止める事は出来ん。
妖艶の華を探し出し、”華の魂”があればこの子の命は助かるだろう。
あんたの命は無くなるがな。
とりあえず、この子は寝かしておく。せいぜい持って2ヶ月だろう。
それまでにここに”華の魂”が来れば助けてやれる。
まぁこの世界にいるわたしでも一度もお目にかかった事のない品だ。
おそらく見付からんだろうがな」
そして、魔女は笑った。
魔女がリーゼを助けた理由。
それは人が妙な救いがあると希望を持ってしまうという裏腹な真理をもてあそんでの事だった。
それでも、それが分かっていても、その希望を失いたくはない。
妖艶の華を探しに・・・。


セルシンはグラスに残っている酒を一気に仰いだ後、一言付け加えた。
「本当に知らなかったんだ・・・リーゼが・・・リーゼがヒダントール帝の愛娘という事を」
彼が何処に思いを馳せているのかまでは、メレリルには想像しかねた。
見えるのは、セルシンがリーゼを愛して止まなかった事、
そしてその彼女が命の危機をむかえている事、
彼が彼女との全ての事象を悔やんでいる事が分かった。
セルシンは疲れ果てていた。
己を見詰めることも、この旅にも。
「愛しているのね」
「・・・あぁ、狂おしい程」
彼はまた、自分の拳を見詰め、手に抱いた愛する人を思っていた。
メレリルは、優しく彼の大きな背中を撫でた。
この大きな背中は、ただ今疲れ果てているだけだ。
何も感じない、何も思えない。
今あるのは大きな後悔だけ。
町の中央にある礼拝堂が深夜の12時を告げる鐘を鳴らした。
再びの重い沈黙。慰めの言葉は余計に心を辛くするだけだ。
「宿は?」
「あ・・・あぁ・・・」
そんな事はすっかり忘れていたという顔をして、彼は狼狽えた。
「今日の宿か・・・。すっかり忘れていた」
暫く、野宿生活を続けていたせいであろう。普通の町での、普通の過ごし方を忘れてしまった。
「ここは料理屋なの」
メレリルは言い切った。
そして、間髪入れずにこう続けた。
「だから・・・だから、ここに泊めるのはわたしの大事な人だけ。
それでもいいなら、安らぎの床を用意してあげる。さぁ、いらっしゃい。甘いお菓子をあげるわ」
優しさと言う、傷。
それでも何もせずにこの人を見過ごせないとメレリルは思っていた。
手を差し伸べ、二階へと導く。
レスをつける


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強く儚い者たち=4=
沙樹 [HomePage] [Mail]
7/17(Sat) 7:39
夜も更けて行く。
深い深い夜の闇。
心の闇の投影。
闇に包まれて、傷をいたわることしかメレリルには出来なかった。
大きな彼の腕の前では、メレリルは小さく、ただ見詰めることしかできなかった。
「ここに居るわ」
嘘の言葉でも、いい。
寂しい言葉。それでも一瞬の憩いを得たい。
今はただ、辛さを拭いたい。それが次の罪へと繋がるとしても。
「大丈夫、あたしはここに居るわ」
メレリルの手が優しく、彼の髪を撫でる。
深く刻まれた眉間の苦悩の皺。
「今は、気持ちを落ち着かせて。大丈夫、貴方は大丈夫よ」
何度も何度もいい聞かせ、ほんの少しの甘い時間を分け与える。
彼の重い口が開く。
「ただ、叶うなら・・・本当に叶うなら・・・
彼女と二人きりで暮らしたい。そして子供がいて・・・なんてな」
そして、自嘲するようにふっっと鼻で笑った。
あり得ない未来。
求めている安らぎ。
幸せな幻想の世界に、一瞬の逃避をする。
目を開くとあるのはただ、重くのしかかる現実だけ。
「ここはいい所よ。みんな優しくて、笑いがあって。
苦しんで、苦しんでそして辿り着いた場所。
綺麗な朝日を見て、『今日』が来る事を素直に喜べるわ。
あなたさえよければ・・・」
そしてメレリルもふっと自嘲する。
この島は確かに良いところだ。
今までの苦悩を忘れさせてくれるだけの穏やかさがある。
ただ、これだけ恵まれている環境にも関わらず、多くの人が
行き過ぎるだけの場所として、ここを認識しているのは、
生きる重さから逃げ出してしまうように思えるからかもしれない。
島を一歩出れば多くの土地で戦乱があり、思想の違い、
貧富の差が一目瞭然だ。
ここに定住できるのは、本当の絶望を知り、
そしてただ、「生きる事」のみを選択した人たちだけだろう。
希望があれば、安穏としたこの地ではなく現実へと帰って行く。

ここで、寝息をたてる、久しぶりの安らぎを覚えている
この人が此処で何思わずに生活していけたら。
彼の心の痛みは計り知れない。
それでもその傷を癒し、忘れ、
ここの地で笑顔を見せてくれたら・・・それが真の笑顔で無くても。
メレリルは自分の考えを消す
「ゆっくり休みなさい。その疲れた体を癒して」
そして、明日には旅立って行きなさい。
彼の髪をゆっくり撫でる。
どんなに情を交わしても、想いやっても、
去って行ってしまう人に想いを託すのは酷だ。
どれだけ愛情を注いでも・・・。

「これから”怨念の野原”を探しに行く」
翌朝まだ薄暗い中、男は女に言った。
女は静かに頷いた。
恐らく二度と会う事はないだろう。ただ、ただ彼の想いを大事にしたかった。
「もし、彼女がリーゼが会いに来たら伝えてくれ『愛していた』と」
そして、女の体をきつく抱きしめた。
寂しい抱擁。どこにも行き場のない気持ち。
こんなにも想っていても、何処にも行き場がない。
もし、”華の魂”を見つけたとしても、そして彼女が目を開いたとしても、
もう彼の声を聞き、彼を見る事は出来ないのだ。

メレリルは彼に黒く滑らかな小さな石を見せた。
「これは社の近くで採れる石よ。ここの漁師たちはみんな身に着けている。
ただのお守りだけれども・・・貴方が、貴方の想いを遂げられるように・・・
心から願って言えるわ。愛しているわ、セルシン・・・」
紐を通し、彼の首に静かに掛ける。
彼の願いを・・・どうか叶えてください、神様。
この世に神など居るのかは分からない。
祈らずには居られないだけだ。
そして、セルシンは旅立って行った。
レスをつける


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強く儚い者たち=5=
沙樹 [HomePage] [Mail]
7/17(Sat) 7:40
「わたしくはリーゼと申します」
皇女らしい身のこなし、小さな体。目の前に居るのはセルシンが愛してやまなかった人だ。
「わたくしは、気付いたら魔女の家に居りました。
そして、彼が・・・セルシンがわたしくを命がけで助けた事を知りました」
彼女はきゅっと唇をつぐんだ。
リーゼの中で様々な想いが駆け巡っているのが分かる。
「どうして・・・どうして彼を止めてくれなかったのですか?!
わたくしは、わたくしの命などどうでも良かったのに。
わたしくの命よりも、彼自身を大事にして欲しかった。
どうして貴方は、貴方は・・・」
嗚咽に埋もれて、彼女はそれ以上話せなくなってしまった。
メレリルはゆっくりとお茶を入れ、彼女を椅子に座るよう促した。
メレリルとリーゼがゆっくり向き合う。
そして、リーゼは泣いたまま悲しみに暮れていた。
メレリルは重い口を開いた。
「貴方が生きている事、それが彼が望んだことだから・・・」
リーゼはメレリルを睨み付ける。
「そんなの、そんなのって勝手だわ」
怒りを抑え切れないリーゼは自分の感情を外に剥き出しにした。
「こんなことになってしまうなら、わたしくは彼と一緒に死んでしまいたかった。
今は・・・彼がどうして居なくなってしまったのか、どのようにして亡くなって行ったのか、
それが知りたいだけなんです!わたくしも”怨念の野原”にこれから行くつもりです!」
感情的になっているリーゼは唇を震わせていた。
メレリルは何も言わない、何も否定しない。
ただ、リーゼを見詰めるだけ。
そして、お茶を一口飲んで、カップを置いて一言つぶやいた。
「守ってもらった命、大事にして」
そして、リーゼの手を握った。

”華の魂”がどのように彼女の手に渡ったかは分からない。
どのようにして”怨念の野原”に辿り着き、彼と融合した”華の魂”を誰が持ちかえり、
リーゼに与えたかはお互い知る由もなかった。
ただ、愛するものが生きている事、そして恐らく死んで行った事。
止められない運命。逆らえない時間。

ただの世界の一コマ。
そして今日も”幸福の食卓”には人が集まる。
レスをつける



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