――岩付城を陥落せしめて以来、スカーレット家は金山と市からもたらされる収益を元に、内政の拡充に勤めた。 湯治場を建設して将兵達を慰労し、工匠を招き荒れた岩付の町並みを修復。 さらに太田資正以下、旧太田家の遺臣達を一人も処断することなく登用し、古河における内政に重用した。 しかし、全てが平穏無事には運ばなかった。 見事な手際で岩付をめぐる攻防に勝利を収めたスカーレット家に対して、周辺諸勢力は警戒を強め、人材の引き抜きや一揆の扇動といった計略による攻勢をかけてきたのである。 翌年一月には千葉胤富、三月には成田泰季が里見家、長野家に引き抜かれる中で、咲夜は忍者集団を招致、養成してこれに対抗させ、ある程度の成果を上げたが、完全に誘引、扇動を防げたわけではなかった。 しかし咲夜と晴朝を中心とした内政は着実に成果を挙げた。 秋には岩付、古河の両都市は、関東地方においては北条家の小田原に並ぶ、或いはそれを凌ぐ繁栄ぶりを示し、積極的に開墾を推し進めた事により、生産力も飛躍的に向上した。 この時点でスカーレット家は、最早吹けば飛ぶような弱小の勢力ではなく、周辺の諸家を圧倒するだけの国力を手に入れていたのである。 そんな中で秋を迎えた頃、ひとつの噂話が舞い込んできた。 そしてそれは、レミリア達にとって重大な意味をもつものであった――。
「パチュリー様が佐竹に!?」 「らしいわ」 小悪魔が目を輝かせるのも無理はなかった。 紫と永琳の気まぐれで、彼女達がこの地に放り込まれてから、かれこれ1年近い月日が経過している。 その情報は、奥州から常陸を経由して、品川の商人衆に特産物の取引にきた秋田商人からもたらされたものだった。 曰く、佐竹家の治める常陸太田城には大変な人物がおり、晴れの日に雨を降らし、雨の日に太陽を現出させ、その御業にあやかろうと多くの人々が訪れているということ。 与力から上がってきたこの話を耳にした資正と晴朝は顔を見合わせてから考え込んでしまった。 そこに通りがかった咲夜が仔細を聞き、「パチュリー・ノーレッジは佐竹家に居る」という結論が導きだされた。 「大丈夫でしょうか……」 心配そうに、小悪魔。 パチュリーは陰陽五行の魔術に精通し、相克する属性を併用するばかりか、五行全てを結集して賢者の石を練成してしまうほどの賢者であるが、健康面にひとつ深刻な不安を抱えていた。 すなわち、喘息持ちなのだった。 「あの図書館より空気の悪い場所なんて、探しても早々ありやしないわよ」 そう咲夜は言うものの、やはり彼女も心配ではあるらしく、書棚に寄りかかる手指はとんとんと板を叩いて落ち着きがない。 「美鈴はどうも宇都宮で、やっぱり門番をしてるらしいし。 次に攻めるのは、どっちかでしょうね」 「そんな、お二人と戦う事になるかも……」 不安げに両手を口元にやる小悪魔だったが、咲夜は苦笑して「大丈夫よ」と、自分より幾分背の低い悪魔の肩に手を置いた。 「わかってる。 でもね、お嬢様は楽しみらしいの。 パチュリー様と弾幕ごっこなんて、本当に久しぶりらしいから」 「秋ね」 「ですな」 レミリアの傍に控えているのは資正だ。 征服したものと征服されたものと、両者が共にあるというのはある種奇妙な光景だが、スカーレット家にはそれを気にする者はとくに存在しなかった。 この500年を生きる吸血鬼にとっては、所詮全てが戯れなのだ。 「貴方、犬好きなんですって?」 ――犬。 「犬は良いものですな。 なにせ人を裏切らない。 私も彼らにはよく助けられたものです」 「北条の軍勢と風魔衆の二重の囲みを、犬に密書を託して破った。 古河でもよく聞いたものだわ」 レミリアが見下ろす視線の先には岩付城の中庭があり、そこでは数匹の犬達が戯れている。 そして、その傍には…… 「それで、貴方からみて、うちの狗はどうかしら」 「――は?」 ……『悪魔の狗』十六夜咲夜。 レミリアの肩が震えている。 資正がもう少し近寄れば、「狗が犬と遊んでるわ」と呟きながらくつくつと笑う声を聞き取れたかもしれないが、彼はレミリアの思考回路が一体どうなっているのかを測りかねて、みょんな表情をするばかりであった。
10月、レミリアは足軽五千を率いて佐竹領、常陸へと赴いた。 佐竹家の陣容をその目で確かめ、出戦してきた場合はこれを撃破、捕虜を獲得するためである。 陣容はレミリア以下、十六夜咲夜と宮越政明の三名。 対する佐竹方は、一栗放牛を主将とした足軽八千を迎撃に出陣させた。 将の質ではスカーレット家が先んじるが、数の上での不利は否めない。 「如何なさいますか」 咲夜が問うと、レミリアは口の端に笑みを浮かべて、前進を維持するよう命じる。 ややあって両軍は激突、瞬間、レミリアは紅い光弾を上空目掛けて撃ち上げた。 それが合図の狼煙だった。 レミリアは魚隣陣をとる敵部隊と接する隊を後退させ、両翼を前進させた。 一栗放牛は老齢ながら、未だ前線に立ち続ける百戦錬磨の将である。 攻勢に出た軍勢が快調にレミリア軍の足軽を追い立ててゆくのを、渋面で見守っていた。 「脆すぎるな」 「ですが敵は寡兵、このまま押し切れば――」 「いや、引く。 これは罠じゃ」 放牛の下した判断は正しかった。 正しかったが、少し遅かった。 レミリア軍の陣形はさながら網が魚を受け止め、絡めとるように変化し――佐竹軍は、自分達も気がつかないうちに、半包囲の只中にあったのだ。 「遅いわ……」 三方から容赦ない打撃を加えつつも、レミリアは不満顔だ。 この策を完成させる、あと一つのピースが足りていない。 「遅かったか」 放牛もまた、レミリアと同じような台詞を、此方は痛恨の表情でうめく様に呟いていた。 後退を命じた軍勢が向かう先、太田城の方角に蠢く黒い影は、味方の軍勢などではなく―― 「奇襲! 国人衆の奇襲ぞ!」 咲夜が事前に手を回していた国人衆が、八千の兵をもって一栗隊の退路を塞いだのである。 「やっと来たわね」 レミリアの顔に、僅かながら安堵の色が差した。 この奇襲をもって両軍の形勢は逆転。 国人衆隊とレミリア隊、合計およそ一万三千が八千の一栗隊を完全に包囲する形となったのだ。 五千対八千でも、レミリアには勝利する自信はある。 しかし、それでは多数の敵に対する事になり、兵の損耗も大きくなる。 寡兵をもって大軍に勝利した、そんな戦は後世に華々しい逸話と共に長く伝わってゆく。 木曽義仲の倶利伽羅峠、源義経の一の谷、楠正成の千早城、この時代にはまだ起きていないが、真田昌幸の上田合戦。 しかし、それらはほんの一握りの例外であって、戦とは、より多数の兵をより効果的に運用した者が勝利を手にするモノなのだ。 レミリアは今回、国人衆に頼らざるを得なかったが、それは全力を常陸に傾ける訳には行かないため。 岩付を手に入れたとはいえ、長野、宇都宮、里見、そして武田と警戒すべき勢力は数多いのだ。 「レミリア様」 勝利が決定的となった局面だが、そこに新たな報がもたらされた。 宮越が報告してきたところによると、太田城から新たな騎馬部隊が出陣し、戦場向けて急行しつつある、と。 「数は六千。 大将は――佐竹家当主、義昭にございます」 「……ふぅん?」 レミリアの方眉が上がる。 一栗隊は壊滅、将を捕虜とすることはできなかったが、大量の負傷兵を捕虜とすることができた。 成果としては十分なものだ。 「引き上げるわ。 義昭の隊は国人衆に相手でもさせて、気付かれないよう撤退する。 追撃はないと思うけど、一応――殿は咲夜、頼むわ」 「仰せのままに」 潮が引くように古河へと撤退してゆくスカーレット軍。 義昭隊を国人衆に受け持たせたことで、自軍にはほとんど被害を出さずに撤退を成功させることができたのだった……。
紹介期間:1555年12月〜1556年11月
―― 武将紹介 ――
パチュリー・ノーレッジ 統率:88 武勇:41 知略:98 政治:85 所持戦法:斉射 火矢 早撃ち 二段撃 罵声 威圧 混乱 同士討 紅魔館の地下に広がる大図書館に住む、齢100を数える魔女。 陰陽五行に基づいた精霊魔法を扱い、地・火・水・木・金・陽・陰の七属性を自在に操る。 その力量は合成魔法を扱うばかりか、七曜の力を結集し賢者の石を練成してしまう程。 ただし、喘息持ちで体調が良くないと呪文を最後まで唱えられないという弱点を持つ。 知略要員が不足気味なスカーレット家にとっては、全国でも有数の知略98は大いに助けになるはず。 通称パチェ、他むらさきもやし、むきゅー等。 恐らく、東方キャラで最も多くのスペルカード持ち。 テスト段階では火牛持ちだったけれど、序盤にしては強力過ぎるので削除。
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