ピーチェは闇のクリスタルで星の大樹の木質を腐食させて削っていったトンネルを順調に登っていた。あたりは光が無いため暗いが、ピーチェの頭は木目の凸凹の位置をはっきりと記憶している。クローを使って手がかりと足がかりを確保し、登る動きに一切の澱み無く登っていく。 ピーチェはトンネルの入り口に到達した。高さにして地上約30mの場所に開いている入り口だ。地面の方では守護戦士団と正規軍である戦闘魔導団が、アルフリート達の来訪により、声を出し合って大慌てで石の区へ包囲陣を広げようとしている。 だが、そんな喧噪をピーチェは気にしない。クロスボウの準備をしながら、遠距離通信を可能にする魔法の真珠、リンクシェル「タークス」へ思念を飛ばす。指先は正確で、固いはずのクロスボウの弦を身体全体で引っ張って、弓を設置する。 リンクシェルへと思念が伝わり、声になる頃にはすでにピーチェはクロスボウを闇夜の空へと向けていた。 「うるるん、今から作戦の第二段階に行きますよー!」 言ったと同時にピーチェはクロスボウの弓を発射。 「待って――!今、アップルパイを食い終わるから」 「ぁ、もう撃っちゃいました」 「え?・・・・・・ぎゃあああああああああああああ!!頭に、頭にかすったぁ!!!」 「みゅ〜〜〜〜!大丈夫ですか、うるるん?」 「大丈夫じゃねえよ、あと5cm下だったら脳天命中だぞ―――!」 「効果的な威嚇攻撃だ、ピーチェ」 「狙ってないですぅ〜〜!」 「黙ってないと人が来て見つかるぞ、ウル」 「・・・・・・・・・・・・」 途端にウルは貝のように口を閉じて黙った。ピーチェがアルフリートが来たのを後ろを向いて確認すると、自分の仕事を思い出して作業にかかる。土のクリスタルを取り出して、ロープと共にそれを左手に握り、精神を集中させる。するとクリスタルが光り輝き、岩がぶつかり合う固い音と共に星の大樹の木の壁の細かい隙間に固い岩質が潜り込んで咬む、そして、ロープの片端をその岩質がくわえこんで固める。 最後に破裂するような光と高い音を立て、土のクリスタルが散乱した。何事もなかったように土のクリスタルは散乱したが、結果は残る。ロープは岩質を通してしっかりと木の壁に固定された。念のためにアルフリートが体重をかけてしっかりと把持されているかを確かめる。ピーチェの仕事は正確にこなされていて、岩質の把持が壁から外れない。 同じ頃にロープの向こう側からロープが引っ張られた、池の向こうの森に隠れているウルが反対側のロープを縛り終えたのだ。 アルフリートはピーチェがアルフリートの背中にひっついたのを背中にかかってきた重みで知るとすぐにロープに滑車をかけ、自分の体重を張ってあるロープに預け、水の区の空へと身を滑らせていく。 重力加速度で身体はすぐに風のようにロープを滑り落ちていく。そのロープに気付いていた魔導師団が矢や魔法を飛ばしてくるが、地上から30mで高速で動くアルフリート達に当てられるような者はいなかった。 そう、30mで当てられるような人間はいなかった、アルフリートが滑っているロープを距離にして50m先から当てられる人間を彼らと同じ範疇に置くのは失礼だろう。 「外に出れば逃げたも同然と思ったか?野外こそ狩人の本領だ!」 天の塔の入り口から外へ出るための三叉路の中心、そこでセミ・ラフィーナは弓を構えていた。眼光がロープを捉えるために細く狭まる、両足はあくまで動かず、直立不動。弓を持つ右手は前に出して固定、左手は弓と共に弦を引く。 その技は正確無比にして指一つと外さない。 疾風を断ち切って鉄の矢が空を疾走する!その顎はアルフリート達を支えるロープを真正面から食いちぎった。 アルフリート達がロープの支えから外れて重力に捕まる。下に広がるのは石の区の清くも広大な池。 アルフリートは即断即決で行動する、ウルやピーチェには文句が出るだろうが、これが一番確実だから大丈夫だ。 アルフリートは背中のピーチェを右手でがっしりと掴んでリンクシェルの先のウルに言った。 「ウルーーーーーー!受け取れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」 「何をだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」 ウルの疑問は、 「アルフさんの馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 ピーチェの悲鳴で解消された。アルフリートは落下からピーチェを救うためにわざわざ『ウル』目がけてピーチェをぶん投げたのだ。だから、ウルは叫ぶ。 「来るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!ぎゃああああああああああああああああああああああ!」 アルフリートは自由落下に捕らわれながら、ウルの悲鳴でピーチェがウルをクッションにして助かった事を知った。アルフリートはニヤリと笑って頭を下へと振る。その勢いで体が下向きになり、アルフリートは頭から池の中へと着水した。 水が身を切るように冷たいのは冬が近い季節だからだ、だが、アルフリートは寒さに構わず池の水の中に身を泳がし、そして、風のクリスタルを口にくわえた。風のクリスタルは本来なら硬いものを切削したり、物を切るための用途で使われる。しかし、口にくわえて威力をごく弱めにして送風する事で水中でも数分間の活動が出来るようになる。威力の加減を間違えると唇を切り飛ばしてしまうので素人は真似しないように。 アルフリートが風のクリスタルを発動させて呼吸を得ている間に、水面に氷が張った。戦闘魔導団が氷の精霊魔法ブリザドでアルフリートを氷漬けにして捕まえようとしているのだ。その氷は次第に伸張していき、アルフリートの頭上を広々と覆う。 息が出来るようになったアルフリートは逃亡するための呪文を唱える。デジョンやテレポはアルフリートには使えないし、これらの移動魔法は各国が犯罪者をマークするために厳しく管理している、足跡をわざわざ付ける愚をアルフリートは冒さない。 だから、唱える呪文はこの囲まれて捕まろうとしている場を脱出するための物だ。 「水の珠は力を持って汝を押し潰す、来たれ・・・・・・」 抑揚のついた言葉と共にアルフリートの両手に魔力が溜まる、アルフリートは両手両足をたたんで身体を丸めると、魔力のたまった手を背後に向ける。 同時にアルフリートのすぐ頭上の水が凍り始めた。アルフリートの右肩に到達し始める。 だが、そこで呪文が完成した! 「ウォータ!!」 水の精霊魔法ウォータによって両手から吹き出た水が、氷の束縛を振り払い、アルフリートの身体を放たれた矢のごとく押していく。 スピードは魚の様に速い、その勢いで夜の闇に紛れてしまえば戦闘魔導団の人間には捉える事は不可能だった。アルフリートは、清き水の流れる水門と水路を通り抜け、ウィンダスのまだ包囲の薄い森の区へ逃れる。 水の勢いに顔をしかめつつも、アルフリートは、まず作戦の段階の一つが終了した事に強気な笑みを浮かべた。
怪盗の本領は盗みの技と逃亡の技。 ウィンダスの詩人に語られる怪盗の本領はこれからだった。
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