ーN・I・N・J・A−
その五 忍者は閃光と共に
「このッ……」
汚水に浸した様な鬱蒼とした色の雲が広がる森の中に、鈍い音と共に閃光が走る。 それはキットの愛刀、カムイによる斬撃だった。 脳天から一直線に斬り裂かれたラグオル原生生物のブーマは、悲鳴を上げる間もなく崩れ落ちる。
精神体のみの破壊神、ダークファルスが放つ闇の波動に侵された原生生物たちは、かつて体は大きくとも穏やかだった頃の面影など一切なく、ただただ凶暴な怪物へと成り果てていた。
だが、凶暴化して人間を襲う怪物ではあっても、彼らは被害者だった。 それ故パイオニア2の科学者陣の中には、危険を省みずなんとか、保護しようと試みる者さえもあったが、今のキットには邪魔なオブジェにしか見えなかった。
それほどまでに、彼女はいま、自分の置かれている状況が忌々しく、そして腹立たしかったのである。 たかだかカムフラージュのためにやっている表の職業で、こんな足止めを食らうという事は、言ってみれば自分の無能を示す事になる。
他人が見ればそうはいわないかも知れないが、少なくとも彼女にとってこの失敗は、痛恨事だった。
「もうすぐだな」
すると終始無言でキットにセントラル・ドームへの道案内をさせていたクリスティーナは、ぼそりと言った。 「ああ、そうよ。だから何」
吐き捨てる様にキットが言う。
「……」
クリスティーナは、何も答えなかった。 結局、目的地につくまで会話を交わしたのはこれっきりで、戦闘もキット一人で全て片付けた。 この新しい住居地区になるはずだった森林地帯は、比較的ダークファルスの波動の影響が少ない場所らしく、原生生物たちはキット程の手練相手には、さしたる脅威にもならなかった。
そしてたいした時間もかからず、セントラル・ドーム前へと着いた。
ドーム正面の入り口は分厚い瓦礫に覆われており、かつ、ドーム自体の損壊も激しいため、重火器などを使って無理矢理壊すと、全てが崩壊する危険があって侵入不可能だったが、少し離れた場所に内部へのトランスポーターが設置されていた。
内部はもはやかつての面影がこれっぽっちもなく、どこからか飛来した凶悪なドラゴンが巣を作っていた。 中世期の翼竜をほうふつとさせる外見にたがわぬ力を持っていて、これにやられたハンターも少なくなかった。
「ジョンの反応は、この中から出ている」 「ふん、こン中にゃドラゴンがいるのよ。今ごろ、奴の火炎の餌食になって灰になってるわよ!」 「行ってみなければ解らない。それに反応が出ていると言う事は、少なくとも発信機は無事だ」
キットは渋い顔をしながらも、トランスポーターへと足を踏み入れた。
「!?」
少しの間の後、彼女の眼前には溶岩が吹き出す地面と、巨大なセントラル・ドームの天井があるはずだった。 しかし、
「ここ、どこよっ!?」
キットは狼狽した。トランスポーターから転送された先は、見たこともない牢獄の様な場所だった。 あのトランスポーターは別の場所にも繋がっていて、その先には氷の化身のようなシル・ドラゴンが待ちかまえているという噂もあったが、ここはそことは全く違う。 なによりも狭すぎるのだ。会議室ぐらいの大きさぐらいしかない。
「フ……フフフ……フフフフ……!!」
すると、これまで笑みの一つすら浮かべなかったクリスティーナが、不気味な含み笑いを漏らした。
「あんた、まさか……」
キットがそう言うか言わない内に、どこからともなく黒い全身スーツに身を包み、ライフルを構えた者たちが現れる。 「今ごろ気が付いたか? ラボの犬め……」 「そうか、あんた民間組織所属なんて嘘ね、あたしと同じで、身分を隠して任務に着く……!」 「そう。私はカール。K・A・R・Rだ。私も忍者だ……ただし、総督府に直属するな」
勝ち誇った様な笑みを浮かべて、クリスティーナ、否、カールは続けた。
「残念だが、情報戦はラボよりも、我々総督府の方が上手だった様だな。お前はまんまと私の正体に気づかないまま、ダミーの依頼を受けてくれた。 そして、私が細工したトランスポーターへと足を踏み入れてくれた訳だ……」
「じゃ、キャロル博士もグルだったってワケ?」 「所詮は民間人だ。偽の情報を与えてお前と同様踊ってもらうぐらい、造作もない」 「クッ!」
キットが怒りにまかせて抜刀しようとする、しかし、
「あぅッ!?」
キットが激痛にみじろぎする。見れば、肩にフォトンの刃が突き刺さっていた。 ややあってフォトンはすっと消えてゆくが、その形状は通常のものとは違うものだった。 それはかつて手裏剣と呼ばれた物に酷似していた。
「……無駄な事はしない方が、身のためだぞ」 「姐さん」
キットを制したカールに、先ほどの黒スーツの一人が話かけてきた。 覆面のため顔は解らなかったが、体型と声で男だと言う事は判別できる。
「この女、始末する前に好きにして良いですかね?」 「……良いだろう。だが、もしも奴が反撃して逃げ出そうと暴れたら、お前ごと射殺する」 「へっへっ、解ってますって」
キットはこの会話を内心、唾を吐き掛けたい思いで聞いていたが、既に覚悟は決まっていたので何も言わなかった。 忍者は、その任務に失敗すれば死が待っている。 そんな事は先刻承知の事だ。 そして、自分の性別と美貌を考えれば、さらに屈辱という結果があることも無論、承知の事だった。
数人の男がキットを動けない様に羽交い締めにし、特殊綱ワイヤーで全身を縛る。 このワイヤーは最近開発された物で、千トンの重量すらも支えられた。 本来、フォトンが使えない時の緊急時アンドロイド拘束用に総研(総督府直属研究所)が作ったこのワイヤーは、さすがのキットも引きちぎる事など不可能であった。
成す術も無くその肢体を縛られてゆく。 キットは情けない自分の姿を目に入れまいと瞳を閉じた。 「さあて、そんじゃ行かせてもらうぜ」
そしてキットのビキニの様な防護服を斬り裂こうと、男のセイバーがキットの胸に触れた時だった。 凄まじい衝撃がこの牢獄の様な部屋を襲った。 そして次の瞬間、堅牢な合金で構成されているはずの壁の一角が吹き飛ばされる。
「何者だ!」
その言葉と同時に、キットを襲おうとしていた男は影に殴り倒された。 そして壁が吹き飛ばされて発生した粉塵が晴れると、
「あ、あんたは……」 「御無事デスカ、キットサン」
縛られて身動きの取れないキットの前に、護る様に大柄な白いレイキャストが立っていた。
「お前は!」 「よくも私をたばかってくれたわね」
さらに女の声がし、巨大な鎌が宙を舞い、その刃が数人の黒スーツの首をさらっていった。 鮮血が辺りに飛び散る。
「馬鹿な……民間人が、なぜ」
瞬間の出来事に立ち尽くしたカールが気を取り戻すと、自分が踊らせたはずの人間が明らかな敵意を向けてこちらを睨んでいた。
「私の情報網を甘く見るんじゃないわよ。そこらの軍隊以上なのよ……」 「ドクター・キャロル! こんな事をして、ただで済むと思っているのか!?」 腰抜けの総督府なんかに、何ができるっていうの? 私がタークスと手を組んだ事ぐらい、知っているんじゃないかしら」 「くぅ……!」
タークス。総督府ともラボとも、そして悪名高い犯罪組織ブラックペーパーとも違うパイオニア2、四つ目の巨大組織。 ハンターを始め、様々な雄志が集って結成されており、その組織力、情報収拾能力、戦力といい最高レベルの組織だった。 特に戦力は全組織随一といわれており、いまだかつてこの組織に喧嘩を売って無事だった者はいない。
「イングラム……やっちゃいなさい」 「了解シマシタ博士」
キャロルの号令と同時に、白いレイキャストが動いた。 携えていた二丁のガトリング砲が火を吹き、辺りにいた人間が、無慈悲なまでに薙ぎ払われて行く。
本来、このイングラムと言うレイキャストは、繊細ともいって良い程に優しい性格をしているが、キャロルの命令だけは必ず死守した。 その点、ロボットらしいと言えばロボットらしいと言えただろう。
数分後、ようやく銃撃が止んだ。 狭い室内である。生き残っている者はほとんどおらず、かろうじてカールが重傷で済んでいた。
「フ、フフフ……だが……残念だったな。キットは、総研が開発した……ウィルスに侵されている。ラボは情報のガードが堅い……た、助かる見込みなどない……ぞ」
「フン。悪いけど、ワクチンの方はもう貰ったわよ。ここに寄る前に、研究所に殴り込ませてもらったのよ。 もうすこし、強力なガードシステムを持った方が良いわよ」
最後の力を振り絞って捨て台詞を残したカールに、キャロルは悠然と答えた。
「今回は助けられました。礼、いっときます」 「それだけ? ずいぶん感謝の念が薄いわね……」 「後は行動で示しますよって」
ラボを脱出した後、キットはしばらくキャロルの研究所に保護されていた。 結局、ラグオルに移住すると言う大目的に支障をきたす訳には行かないと、タークスの総帥であるサムス・アランが総督府とラボのそれぞれへ出かけて行き、タイレルとナターシャに話をつけた。
結果、今回の件に限っては双方、無かった事にという決定がなされた。 それゆえ、この事件に関わって死んだ人間は最初から居ない事に、そして生き残ったキットはラボとは無関係の者という扱いになった。
簡単にいえば、クビである。 一応ハンターとしての仕事は残っているが、しばらく熱が冷めるまでは、総督府やラボの周辺には出入りしにくいので実質、職を失った状態になってしまった。
「コーヒーをお持ちシマシタ」 「ん、ありがとうイングラム」
イングラムが持ってきたコーヒーをすすり、キャロルは言った。
「キット……何だったら、タークスに行ったらどうかしら」 「えっ」
キットは驚いた。 あれだけの騒ぎを起こしておきながら、今更迎えてくれる組織などあるのだろうか。 だが、キャロルはアルバイトに行く事を勧めるかの様な口調だった。
「でも、これだけ騒ぎ起こした後じゃ……」 「心配ないわ。これを持っていきなさい」 「?」
そう行ってキャロルが差し出したのは、コンピュータ・ゲームのソフトだった。 場所を取らない娯楽として、旧世紀から存在するこれはパイオニア2にもメーカーごと持ち込まれていた。 そしてキャロルが差し出したのはまだ発売されていない、新作のβ版だった。
「ざくろ大戦?」 「タークスの総帥が大好きなシリーズだそうよ。それで釣れば、簡単に入れてくれるわ」 「んなアホな……」
「イングラム、もう一杯コーヒーちょうだい」 「カシコマリマシタ」
キットが総督府の忍者として、閃光の様に駆け巡った時代はここで終わった。 これもまた小さな紛争ではあったが、ダーク・ファルスはこの様な人の負の感情を最も好む。 パイオニア2の受難は、恐らくまだ長く続くのだろう。 しかし、それはまた別の話である……。
終わり
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