ーN・I・N・J・A−
その二 任務
かちゃかちゃと音がする。 不規則にメロディを奏でているこの音は、一部の食器を使用している時に、よく聞かれる。
時刻は午前九時。キットは、パイオニア2の住宅街ブロックにある自宅にて、遅めの朝食を取っていた。 話をする相手もいないので、もくもくと箸を動かし続けた。
先ほどから続く、かちゃかちゃというこの音は、この二本の細い棒状の食器が、陶器製の器に当たる際に、発生しているものだった。
キットが食べている物は、白米だった。我々の世界では日本や中国など、アジアの国々で主食とされる事が多い。 この世界でも、母星にある彼女の故郷などが、似通った食文化を持っていたらしく、主食の他に、汁物や惣菜として、緑の漬物などがあり、やはり我々がよく、口にするものである。
「ちょっと、ぐにゃぐにゃするね……水の量を、多くし過ぎたかな」
自分の作った飯に文句を付けつつ、箸を口に運んで行く。 その合間に、ずず、と音を立てて汁物をすすった。
食事はものの数分で終わった。簡素な献立であったために、作るのも容易いが、それ以上に食べるために掛かる時間は、さらに早かった。
後片付けを済ますと、彼女は自宅を後にした。 この後、彼女は仕事場に向かう訳だが、キットは表向きハンターとして活動しているのだが、実際は、密偵の様な仕事に就いている。
(様な、と表現したのは本物の密偵とは違い、暗殺や破壊工作など、派手な仕事を引き受けたりもするからである) この職業柄、次に自宅に戻るのはおそらく、大分後になるだろう。
また、余談ではあるが、古代からの技術を受け継いでいる事と、かつてその技術を使用してた職業が、密偵と呼ぶよりも、現在の仕事内容に酷似していたため、キットは自らを忍者と呼称していた。
表の仕事場である、ハンターズギルドへと繋がっているトランスポーターに移動するまでの間、キットは昨日、本当の雇い主から受けた命令を、思い返していた。
「ニンジャ・キット。君の今回の任務における適正試験の結果は、合格だ。非の打ちどころも無い」 「そりゃ、どうも。で、私に何をさせようってんです?」 「簡単だ。簡単であるが、君の様に優秀な者でなければ、勤まらないものだよ」 「勿体ぶらずに、早くお教え願いたいんですがねぇ……」
「では、説明しよう。実は、ここのところ、我々の周りを嗅ぎまわっている輩がいる。 総督府の人間であると言う所までは察しが付いているのだが、いかんせん素早い奴でね。中々、尻尾を捕まえられんのだよ。 そいつを、発見して捕縛するなり、黙らせて欲しい。その判断は君に任せる」
「なるほど。そりゃあ確かに、ヘボじゃあ、こなせませんねぇ」 「……また、聞き出せるなら、そいつから総督府の情報を引き出してくれると助かる」 「ま、せいぜい頑張らさせて貰いますよ」
「ところで、キット」 「はい?」 「前々から思っていたのだが、その服装、なんとかならないのか?」
「運も実力の内、色香も武器の内、ってね」 「……敵が男であるとは、限らないぞ」
「そん時ゃ、百合の世界にでも誘い込みますよ」
しばらくして、キットはハンターズギルドへと到着した。先の任務のこともあるが、まずは表の仕事も片付けねばならない。 それに、意外に表の世界から得られる情報も、馬鹿にはならないものだ。
キットはハンターズの中では、そこそこ腕が立ち、高すぎない報酬で雇えるハンターとして通っていた。本来なら、高級ハンターとしてもやっていけるだけの実力を、彼女は持っている。
しかし、目立ち過ぎては本来の仕事に影響を及ぼしてしまうし、かと言って知名度が低すぎても情報にありつけないのと、またその仕事は、収入が不安定と言われているこのハンター業よりも、さらに安定しないという性格上、生活を成り立たせるために、現在の様な地位を意図的に造り出していた。
キットは寄せられた仕事依頼を整理し、情報をハンターに提供するロビーに移動した。 すると、顔なじみのヒューマーが近づいてきた。軽く手を挙げて挨拶する。
「よう、サエコ。今日は一段と華やかだな!」 「何時もと同じ服よ。ほめたって、何も出ないよ?」
冴子というのは、キットの偽名である。冴子が名で、姓は神山という。 が、しかし、キットというのも組織上のコードネームに過ぎず、アルファベットでK・I・T・Tと書く。 彼女の本名は、特にどこの記録にも残されていなく、また交友関係も薄く、調べる手立てが無いので、謎のままだ。
キットはロビーで自分宛の情報を引き出す。 一件の仕事依頼が入っていた。内容は、以下の通りとなっている。
『差出人、クリスティーナ・片桐(女性、会社員) 依頼内容、恋人ジョンの捜索』
蒸発した人間の捜索、というのはハンターズがこなす仕事の中でも、比較的依頼確率の高いものだった。 特に怪しい点も無いのえ、キットは取り敢えず依頼人に会って話を聞くことにした。何にしても、まず情報が無ければ始まらない。
早速、依頼人のクリスティーナに連絡を取り、待ち合わせた。 運良く、今日中に会える様だ。
示し合わせた喫茶店で小一時間ほど待った後、かくして依頼人は現れた。 身長はキットとほぼ同じく、一七〇センチほどだったが、体付きは正反対で、肉感的なものが一切なく、すらりとしていてスレンダーである。
ニューマンであるらしく、尖った耳と、ショートにまとめたモスグリーンの髪をしている。 なかなか美しい女性であったが、つり上がった目をしており、性格の中に、ややきつい物がありそうだ。
また、会社員らしくグレーの質素なスーツに身を包んでおり、風俗嬢のごとき格好をしているキットとは、ここでも対極であった。
「こんにちは、あなたが神山冴子さん?」 「そーそ。んで、彼氏の捜索だって話だけど、逃げられちゃったワケ?」
キットは、やや常識に欠けた発言をする。本人はジョークのつもりなのだが、いささか無礼が過ぎる。 が、クリスティーナは気に止めた風もなく、さらりと受けて返した。
「いいえ、違う。ジョンも、あなたと同じハンターだったけど、ラグオルで失踪してしまったの」
クリスティーナの意外すぎる発言に驚いたキットは、辺りを見回して盗聴されていない事を確認すると、その丸い目を細め、
「ちょっと待った、なんでそんな事知ってんの? 一般人には、私達がラグオルに降りているって言う情報すら、公開されていないはずよ。あんた、一体何者?」
と、詰問口調で訪ねた。
もしかしたら、目の前の女は一般人ではないのかも知れない。依頼人を装い、ハンターを罠に陥れる輩も、しばしば存在する。 そんな目に逢う訳には行かない。ただでさえ、本来の仕事があるのだ。表の仕事を手間取らせる事は、絶対に避けねばならない。
さらに言えば、キットの本来の仕事を妨害する人間が、一般人に成りすましている可能性もある。 だが、その様に巧妙な罠を仕掛ける者が、果たして今の様な初歩的なミスを、犯してしまうものだろうか?
静寂が支配している中、キットが思いあぐねていると、クリスティーナが口を開く。 その口元は、薄く笑っている様にも見えた。
つづく
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