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TURKS!!-No.15
[Mail]
1/29(Wed) 22:45
 格子窓から差し込む月明かりにその細身を照らしながら、ラミルは戦慄していた。

(おかしい…!少なくとも朝はこんなじゃなかった)

 ラミルが最初に異変を感じたのは、いつも通り作業を終えて夕食を摂る折のことだった。



「ところでさ、アタマ大丈夫?」
「ちょ、それどういう意味かな〜?」

 その日ラミルは、偶然ユークリッドと同じ班に配属された。
 今の話題は、彼女がつい先日指導員に殴られた時のことについて。
 ユークリッドの頭部に捲かれた痛々しい包帯に目をやりながら単純に傷の心配をして言ったのだが、ラミルの訊ね方に難があることは明白だ。

「思ったより平気そうね。あたしも気を付けよっと」
「…ねぇ、ラミル」
「ん?」
「最近、アルフリートからの通信…ないよね」
「うん…、こっちからの呼び出しにも応答ナシだわ」

 アルフリートが反省房に入れられたことは、耳にしている。
 しかしながら、彼の性格や能力(魔力能力に限ったことではない)を知る者としては、それだけでは音信不通の理由として不十分だ。
 怪我や拘束等の物理的な理由から身動きがとれないのか、あるいは―――通信したくない理由があるからか。

 思索に耽りながらスープを口に運ぶ際、スプーンに掬われたスープの量が口に届くまでに減っていることに気付いた。

「あれ?」

 スプーンの先の中央に5ミリ程の穴が空いている。
 ラミルの記憶の限りでは、食べ始めたばかりの段階では何の変哲もないスプーンだったはずだ。
 穴の状態は当然ながら何かに貫かれた様子もなく、まるで「最初から空いていた」かのような真円を模っていた。

「どうかした〜?」

 ユークリッドは、そんなラミルの訝しげな表情に声をかける。
 ラミルは答える代わり、黙って右手のスプーン―――既に食物を掬うという本来の機能を失いつつあるそれ―――を向かいに座る少女に見せた。
 途端に、ユークリッドの顔が引き締まる。

「…能力、かな?」
「多分ね。時限的な機能がついてるのか、じゃなければ効果が出るのに時間がかかるタイプだわ」

 そして、能力そのものは「穴を空ける」ただそれだけのものであると、ラミルは推測した。
 穴が空くことが不変であれば、ユークリッドの「小人気分」と同系統の力に分類される。
 しかし仮にその通りならば、穴の大きさに制限はあるのか、穴が出来た場所にあったものはどうなるのか等の新たな不確定要素が生じる。
 例えば、もし「穴が出来るイコールそこにあったものが無くなる」のであれば、単純なだけに恐るべき殺傷性を秘めた魔力能力と考えねばならない。

「ユニークなスプーンね」

 再び考え出したラミルに更なる横槍を入れたのは、いつ隣の席に座ったのか、ふたりと同じ班に配属されたブロンドでボブショートの女囚だった。
 透き通るような肌に紺碧の双眸が良く映える。
 確か囚人番号はHO―0331だったか。

「良かったら使ってみる?食事をゆっくり楽しみたい人にオススメよ」
「フフ、せっかくだけど遠慮しとくわ。ここの食べ物は口に合わなくて、ね」
「残念。同好の士が増えるかと思ったのに」

 ラミルが投げかけたジョークを受け流しつつ、それでもHO―0331は愉快な様子だ。
 改めてみるとよくよく囚人に似つかわしくない、どちらかといえば仕事の出来そうなタイプの美人である。
 とはいえ、このマルダイト刑務所にいるからには彼女もまた、ただならぬ身の上なのだろう。

 ふたりが何とは無しにHO―0331の食事を眺めていると、晩餐の終わりを告げる音色が鳴り響いた。

「ごちそうさま。あなた達も早く行かないと、また看守にどやされるわよ」
「…いけない!まだ全然食べてなかった」
「あ〜ん。あたしもだ〜」

 早々に席を立ったHO―0331は、不意にラミルの肩に右手を伸ばす。

「洋裁の糸屑が付いてきてるわ」

 夕食を食べそびれることに慌てたラミルが反応する前に、彼女はラミルの左肩に付着していた黄色い糸屑を摘んでどこかへ弾いてしまった。

「あぁ、ありがと」
「フフフ、どういたしまして。それじゃ…また会いましょう、お二人さん」
「縁があったらね」
「またね〜」


 
 この場でのやりとりは、ユークリッドはもちろんラミルでさえ、すぐに忘れてしまうような他愛の無いものだった。

 しかしその夜、ラミルは自分の囚人服の左肩の一部から見慣れない「穴」の存在に気付いた。
 月光に全身を照らすと他にも数箇所、「穴」を確認出来る。
 連想するのは夕食のスプーンと―――あの女。
 他には考え難い。

 刹那、まさにラミルがその考えに達するのを見透かしたようなタイミングで、通信機が振動した。
 ラミルは応答するか否か暫く迷ったが、やがて拘束された両手を右耳に近付けた。

「…こんな時間にどちら様?」
『ハイ、ミラージュさん』

 その声は夕方に言葉を交わしたハスキーボイスに他ならない。
 最早、ラミルに疑念の余地はなかった。

「やっぱりアンタなんだ」
『ええ。そろそろばれた頃かと思って、ね?』
「人の服を穴ボコにしといて、随分と面の皮が厚いのね」
『あまり喧嘩ごしにならないで。今はそんな気分じゃないのよ』

 HO―0331の言動は挑発しているようにしか感じられない。
 ラミルは先程の恐怖も忘れ、頭に血がのぼるのを禁じえなかった。

『名前はゲルド・「ブランク」・ファニシュよ』
「センスの無いネーミングね」
『フフ、お互い様だわ』
「アンタと一緒にしないでよ!」

 うっかりがなり声をあげるが、看守は気付いていない。
 ラミルは少し平静を取り戻し、静かに言葉を紡ぎだした。

「…それで?用件は何?」
『要求、というかお願いかしら』
「さっさと言いなさいよ」
『では単刀直入に言うわ。サムス・アランが処刑されるまで何もしないで欲しいの。簡単でしょう?』
「…!」

 危ういところで再び怒鳴りそうになるのをなんとか抑える。
 ゲルドは物理的な意味で『簡単』と言ったのだろうが、ラミルだけではない、他ならぬタークスのメンバーに、何もするな―――つまり救出を諦めろという言葉をかけた場合どのような反応を示すのか、この女は承知の上で言っているのだろうか。
 答えは勿論、否である。

『当たり前の事だけど、こちらとしても何も身一つでこんな要求してるわけじゃないのよ』
「どういう意味?」
『明日の朝食を見ればわかるわ。返事は三日後にまた通信するから、その時で結構よ』
「あたしの気が簡単に変わると思ってるなら、思い違いも甚だしいんじゃない?」
『だといいけど…。そうそう、これは忠告よ。私は無闇に血を見るの好きじゃないからやらないけど、「我々」の中にはタークスってこと確認した時点で攻撃するような短絡思考のヤツもいるから、せいぜい気をつけてね』

 その会話は、終始一方的と言わざるを得なかった。
 現状ではラミルとしても、やりかえす言葉が見付からない。

『言わなくてもわかってそうだけど、私もあなたのこと何時でも殺れたのよ。…忘れないでね』
「…そりゃどうも」
『ものわかりが良くて助かるわ。お友達にも伝えておいて頂戴。それじゃ、アデュー』

 ――プツン――

 お友達とは、ユークリッドのことだろうか。
 しかし、あの娘の性格を考えると、少なくとも今伝えるのは得策ではない。
 ラミルは当面、己の胸中に納めておくことにした。
 そもそも、こちらの周波数を何らかの手段から割り出されている以上、迂闊に他のメンバーへ連絡するわけにもいかない。

(そうか…!)

 ラミルは、アルフリートが現在置かれている立場がようやく飲み込めた。
 恐らくはアルフリートもまた、ゲルドの仲間(ゲルドは「我々」と言っていた)からの接触があったに違いない。
 その時にどのようなやりとりがあったのかはわからないが、結果として全ての連絡手段が絶たれている現状が、多くを物語っているではないか。
 ともかく、アルフリートが反省房から出てくるまで待ってみる。
 明日か遅くとも明後日には通常の独房に移されるだろうから、三日後の返事までに話をしなくては。



 翌朝。
 ラミルはゲルドの言葉の意味を思い知った。
 彼女の朝食の中に、見覚えのある「指」が混入していたのだ。
 そしてその指は、弱々しく野菜炒めを抜け出そうと蠢いていた。

(随分とつまんないこと考えつくじゃない…!)

 メイアの指を見つめながら、ラミルは静かに猛る。
 


(もう一仕事…増えたみたいね)



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