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アルシャード小説「力の違い」 第八話 「特務の始まり」
アルフリート [Mail]
8/5(Fri) 0:36
 エイリアス

 真帝国聖務枢機卿達の手により作られた複製技術を指す。その技術の適応範囲は広く、塵芥から人間まで、無機質有機質を問わない。この技術により、真帝国は優れた業績をあげた人間のエイリアスを作りだそうとするも、未だ生成されるエイリアスには個体差が多く、まだエイリアスは多くの問題点を抱えている。



サディエスは飛空挺の運行の遅れと『栄転先』の上司と護衛してくれる人間が予定より遅れている事に腹を立てていた。
何せ、かれこれ一時間の遅れである。乗り物は遅れてしまうのが世の常ではあるが、時間を守るべき人間が遅れるのは几帳面なサディエスとして我慢出来る所では無い。
――これは嫌味の一つでも言うべきか?
まあ、上司には止めておこう。軍隊は縦の関係には厳しいのだ。上が言った事は赤でも黒でもジンクホワイトでも白と言ったら白なのだ。
「れ、レイズだとぉぉぉぉぉぉ!?何を賭けると言うのだ、お前はーー!」
「ジールとウォン部長の命を賭ける。二人は俺の友人と上司、つまり……俺自身も同然ていうか、お前の物は俺の物――――!」
「何だってーーー!!??」
何やら近くでやっている賭けポーカーが五月蠅い。店員は彼らを注意しないのだろうか。
 規律も守れぬ不詳の上司と護衛に待たされ、回りを省みぬ騒音公害に憤慨していたサディエスが不思議な格好をした少女に声を掛けられたのは
「失礼、貴方がサディエス・アーリマンさんですか?」
サディエスは目の前に現れた茶髪の少女を見て唖然とした。

 ――何?この趣味性の高い風体をしたメイドは――――?

小柄でスマートな肢体に可愛くマッチした黒いミニスカートのメイド服に猫の耳とリボンを付けた尻尾、有り体に言うと猫耳メイドであった。
サディエスは恐れながらも一応銀十字軍の風下の末席にいる軍人である。こんなグラズヘイムの繁華街にいそうな可愛らしい人間に声をかけられる言われは無い。
だが、サディエスの優秀な頭脳は一つの事実を思い出した。
真帝国の中でも皇帝に次ぐ実力を持つとされる聖務枢機卿アルフレッドが所有する隠密部隊『黒十字』。表向きはアルフレッドの使用人とされているが、その実態は帝国中の有能な人間をクローンニングして鍛えあげた存在――『エイリアス』――の部隊とされている。
つまり、彼女がその黒十字の人間だとすれば自分の『護衛』につくのも納得だ。聖務枢機卿アルフレッドは今度のディアマンド級戦艦の建造に一枚噛んでおきたいのだろう。真帝国の利権闘争の一部、ここに垣間見れたり。
だが、上下関係はしっかりしておかねばならない。自分は『上司』だ。『上司』は舐められたら終わりなのだ。
サディエスは少女を見下ろすように顔を斜に構えると、きつい口調で少女に話し始めた。
「そうよ、私がサディエス・アーリマン少尉よ」
「ルクス・クラウです、よろしく〜〜」
「どうして遅れたの、ルクス?」
サディエスの不躾な物言いにはそれなりの理由がある。会話のイニシアティブを握るため、速攻でルクスを追及する構えを取ったのだ。初対面の人間にいきなり名前を呼ばれた事にムッとしながらもルクスは答えた。
「税関の人が私の身分証明書を全然信じてくれなくて……私の身分を証明してくれる人に連絡を取るまで一時間近くかかったんです」
「でもね、良く考えて見なさい。貴女の様な『可愛らしい』容姿の方に軍人と言われて一々素直に信じてたら、税関はやってけないわ。今後は軍人と言うより、家政婦と言った方が税関の人も素直に通してくれるわよ」
どこか何かが腑に落ちない表情をしていたが、サディエスのもっとも意見にルクスは渋々と頷いた。
――これでよし。
人間関係は最初の第一印象でほとんど決まる。だから、先制攻撃を行ってこちらの言い分を最初にしっかり通す事は『部下』を有効に使う上で必要である。
まあ、あまりやり過ぎると人間関係に軋みを生むので多用はオススメしない。
「今度から気をつけてね。これから長く付き合うんだから貴女とは上手く付き合いたいわ。だって貴女は私の『部下』なんですものね」
 サディエスは爽やかな笑みを浮かべて握手をするために、芝居掛かった動作で右手を前に出した。決まった、完璧だ。サディエスは、キツい事を言うがそれなりに部下の事を気遣う『サディエス・アーリマン上司』の誕生を確信した。
すると、だ。
ルクスが何か合点が言ったように左手の掌を右手の拳でポン、と叩いた。
 そして、サディエスの差し出した右手の上に、革に包まれた軽い財布のような物を置いた。
サディエスはそのルクスの置いた物を怪訝な表情で見た。
真帝国軍の紋章が刻まれたそれは身分証明書であり、そこにはこう書かれていた。

『ルクス・クラウ
        認識番号12003548C
              階級 少佐待遇』

サディエスはまず深呼吸を二回、義眼の調子をチェック。乱視遠視近視は無い。色彩感覚も正常だ。そして、自分のセフィロトを取り出してその身分証明書をチェック。二十四に渡る複製防止の証明印を確認。間違いなくこれは正規の身分証明書だ。張られた写真も目の前の少女の容貌と一致している。

これを三十秒とかからずやったところがサディエスの優秀なところだが、そんな物で今までの無礼が帳消しになるわけでもなく、サディエスが自分がこれからどんな激しく陰湿な叱責に襲われるかを想像しながら、その身を恐怖で震わせていた。
 ――せ、せめて護衛の奴が遅刻しなかったらこんな恥ずかしい失態しなかったのに……。

 賭けポーカーをしていたテーブルが、異常な盛り上がりとともに終焉に向かったのはその時だった。
「……コォ―……」
「こ、この人!立ったまま気絶してるぅ――――!」
「こ、コイツ!ブタのカードにあそこまで――――!?」
「……恐ろしい相手だったぜ、奴はゼネラルマテリアル社を一人で壊滅させようとしてたんだ……」
そう言いながら賭けの取り分を総ざらいしていた黒髪にサングラスの軽薄そうな男は、ルクスとサディエスを見つけるとこれまた雲よりも軽い口調でこちらに声をかけた。
「やあ、お嬢さん方二人ちょっと遅れちゃってメンゴメンゴ♪お兄様はゼネラルマテリアル社の護衛のヨーテ。遅れた代わりにこのヨーテお兄様がしっかり守ってやるからなー」
そう言ってヨーテは二人に向けて親指を立ててサムズアップした。
ちなまにヨーテはサディエスが来る前からあそこで賭けポーカーをしていたのである。

サディエスの堪忍袋が、灼熱の憎悪に焼き切れた。

「お前、とっとと声かけろや、ヴァガ――――――――――――――!!」


かくして、役者は登場す……おっと!

敵役がまだだった。



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