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フォトンの騎士 間奏曲「アルフリートの思い」  - アルフリート [3/29(Sat) 22:22]



フォトンの騎士 間奏曲「アルフリートの思い」 
アルフリート [Mail]
3/29(Sat) 22:22
 ただいま夢の中にいたラウド・エルネインは激烈に嫌な予感がした。この「嫌な予感」は的中率が恐ろしく高く、ヴィジョンに浮気がバレた、鉄アレイが上から降ってくる、トランスポーターに轢かれかける等の偶然性の高い事故を回避する際に有効に使っている。
 それでも回避できないものは出来ないが…。
 そして、今回、ラウドの「嫌な予感」はこう告げた。
『何でもいいからとにかく頭を引っ込めろ!!』
 予感に従って頭を引っ込める。地震でも起きたような大音量と衝撃がラウドの意識を覚醒させた。起き上がって周りを見てみる、ここは病院だ。白で統一された内装に清潔シーツとベッド。窓にはシティの様子が見てとれる。宇宙の闇夜をバックにしたシティの消えぬ夜景の数々は芸術といってもいい。
 だが、ラウドにとってそんなチンケな風景など比べることすらおこがましい存在が彼の目の前に立っていた。ショートの栗色の髪に黒のレザーの服、そしてそれらの服を纏う持ち主の顔は神が間違えてもラウドは絶対に間違えない、褐色の肌に幼い整った顔立ちの少女。
 彼女こそ、ラウドの婚約者、ハニュエールのヴィジョンだ。
「ヴィジョン〜!!」
 ラウドは光すら無視できる速さでヴィジョンの胸に抱きついて甘えた。胸囲が少し増えていたり、胸が少し堅い気もするが、そんなことは些細な事だ。ヴィジョンがいれば何もかもいいや、そんな思いすら湧いてきた。
 ラウドは少し思った。
 今日の俺はちょっと変だ。やけにハイでなんか死線を乗り越えた後のようだ。
 しかし、そんなラウドのチャチな疑問はヴィジョンが取った次の行動の前に豆腐よりも柔に砕けた。ヴィジョンはラウドの頭を抱くようにして少しずつ自分の顔をラウドの顔へと近づけていく。
 それは唇を合わせようとする目的を持っている動きだ。
「えっ?なっ?ヴィジョン……」
 顔が熱い。
「結婚式までとっとくんじゃあ……なかったのかよ」
 全身から熱が集まったかのように顔が熱い。その熱はラウドの言葉から次第に力を奪っていく。この熱は……。この熱は……。


 この熱は…。
 水蒸気逆巻く熱湯から来るものだった。
「あづぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
 熱湯が流れている洗面台から脱出したラウドはハードロックのギタリストのように激しく頭を振るって踊り狂った後、机を粉砕するような勢いで花瓶に頭から突っ込み、蒸気を噴き出して停止した。
「あれ?ヴィジョンは?」
 あれだけ派手に突っ込んだというのにラウドはまるで意にしなかったように起き上がった。
 そのラウドにゲッソリとした男の声がかけられた。
「人型をしていればヴィジョンだと思うのか?ラウドよ」
「アルフかよ…」
 ラウドの声もゲッソリとしていた。
 ラウドの目の前に立っていたのは金髪に青地に銀のワンポイントのハンタースーツのヒューマン、アルフリートだ。
 詳細はこうである。ラウドを起こす為に整形覚悟の踵落しを敢行したアルフリートだが、見事によけられ、寝ボケたラウドにヴィジョンと勘違いして抱きつかれる。剥がそうにもタークスで有数のパワーを誇るラウドを剥がせず、そのうちキスまで要求してきたラウドを、アルフリートは洗面台に熱湯を溜めてラウドの頭を煮たのだ。
 まあ、そんなことはともかく。
 アルフリートの第一声はこうだ。
「訓練だ、付き合え」
「はっ?」
 ラウドはハニワのように口を開けて固まった。
「ベウトーが出てきていろいろあったよな?」
「色々とあったな」
「これからも色々とあるよな?」
「作戦開始時刻は24時間後だ」
「ぐぅ……Zzzzz」
「寝るなー!!」
 ラウドをガクガクと揺さぶりながら叩きつけるように絶叫!
「とにかく私に付き合え!」

 アルフリートはトレーニングルームの常連である。もっとも彼はいい意味での常連ではない。なにせ彼はトレーニングマシーンをいくつも潰しているからである。どれぐらい破壊したかというと歴代ハンターズのトレーニングマシーン破壊記録第一位に散々と輝いているのだからすごい。
 こんな記録をわざわざ取ったハンターズギルドもなかなかすごいが。
 だが、それはハンターズギルドにとっては迷惑以外の何者でもなく、いまやアルフリートは壊しようのない実戦用シュミレーションしか貸してもらえないという彼にとっては嘆かわしい事になっている。
 そして、アルフリートは実戦用シュミレーションで相手をしてくれる人間が少ない。
 なぜなら、強い、容赦しない、エゲつない、の三点セットをそろえるアルフリートを相手できるのはタークスでも少ないからだ。
 そういうわけでラウドはアルフリートにとって非常に貴重な対戦相手である、その好意に甘えているかどうかは知らないが、アルフリートはラウドに対して一切手を抜かなかった。
 ラウドは黄土色の石で作られた廃墟の戦場を駆け抜けながら、襲い掛かるスライサーの投射刃を自分の背と大して変わらぬフロウウェンの大剣で器用に弾く。ラウドを消耗させる為に休みなく放たれるスライサーの刃は、空中で一定時間飛行をしており、アルフリートの居場所がわれないようにしている為、近接戦闘重視のラウドにはやりにくくて仕方がない。
「やっぱこの戦法かよ、エゲつねーな、相変わらず」
 以前アルフリートから戦術論を手ほどきしてもらったラウドだが、やはりアベルやラウドのような接近戦パワータイプを近距離で相手する真似はしない。こういうことが出来るのはアルフリートが割り切れるハンターズであるからとラウドも思ってたし、冷静に弱点をつけるアルフリートはこの姿勢をこれからも変えないだろうとラウドは思った。
 アルフリートからのアクションは巨大な柱が並ぶ廊下で急激に変わった。
 ラウドの頭上の巨大な柱が不意に爆砕された。破片の一つ一つが一メートル以上の巨大なものであり、それらの影はラウドの体を隠すのに十分な大きさだった。
 ラウドはどちらに動くかを瞬時に決めた。左右でもなく前進後進するでもない、岩に向かって跳躍。岩を蹴飛ばし、再度跳躍。存分に高みに向かおうとしたところで一つの「嫌な予感」がラウドに告げた。
『上だ!!』
 上には仮想の太陽しかない、しかし、それに一つの黒点があった。
 アルフリートだ。
 赤のパルチザンを両手に持ち、自由落下を味方に付けてラウドに襲い掛かる。跳躍中のラウドは回避できない。フロウウェンの大剣で叩きつけるように受けた。
 岩石が乱舞する空中を反動で二人が離れていく。即座に乱舞する岩を足場に、空中で体勢を整えたのはアルフリートだ。この空中の踏ん張りが利かない場所で勝負を決める気だ。
 空中の岩を蹴って急接近、上段から勢いに乗って赤い一撃がラウドを打つ。かろうじてフロウウェンの大剣で防御するも、向かいの柱への激突は避けられない。
 柱に大きな傷跡をつけて止まったラウドは即座に動く、今までいた後をフォトンの弾丸がヴァーチャルの岩盤に穴を開けていく。
 まだ岩石の落下は終わらない、柱の廊下で跳ね回る岩石などまるで気にせずラウドはアルフリートに突進。スピードに乗った一撃はアルフリートに噛み付こうと獰猛に牙をむく。
 アルフリートはそれに付き合う気はないとばかりに後退、左手に構えたレイガンを連射して距離を稼ごうとする。だが、ラウドの突進力はここで止まるような柔な物でもない、肩、腹、足と喰らいつつあるフォトン弾をフロウウェンの大剣を大振りして、防ぎつつ、前進し、その勢いはまるで緩まない。
 二人の間に巨大な岩石が覆いとなった。
 それは物語のターニングポイントだ。
「らしくねえんじゃねえか!アルフ!」
 そう言いながら、ラウドは大剣で岩石を破壊する、岩石の弾丸は向こうのアルフリートに喰い付くはずだ。
 しかし、アルフリートは読んでいる。
 素早く跳躍して、岩石の弾丸を下にかわす。
「俺に接近戦は挑まんといったのは嘘だったのか?!」
 ラウドは冗談のつもりで言った。
「五月蝿い!!」
 帰ってきたのは予想以上にきつい叱責のイメージを纏わせたアルフリートの声だった。
 赤のパルチザンをまた上段に構え、ラウドに放つ、冷静にラウドは防御。防御しながらラウドは言う。
 こいつはいつものアルフじゃない!
「らしくないぞ!アルフリート!!」
「貴様に私が分かってたまるか!!」
 熱くなったアルフリートはブレイドダンスに武器を変更、超接近戦をラウドに挑むべく距離を詰める。
 手数に任せたアルフリートの攻撃をボクサーのように上体を捌き、敏捷性の高い動きに任せて足を動かせば、それは当たらない。
「お前のやるべき事はもっと他の違うことだろう!!」
「我が闘法は万能なり!!」
「それを活かすべき場所で活かさないとはなぁっ!!」
 ラウドが全力の中段の一撃を放つ!
 ラウドの一撃をギリギリで受けたアルフリートは地面を破壊しながら蹴られたサッカーボールのように後退。
「それがクールって奴だろう!!アルフリート!!!」


 アルフリートという人間を語るならば彼のこれまでの人生を振替らねばならない。彼の人格は極めて無駄が無く、機械的な軍人堅気は、話してもまるで他人に無益である自分の過去を、その口から漏らそうとしないからだ。

 アルフリートという人間を最初から語るならば出生は無駄である。
 なにせ本人の物心がついた時にはすでに惑星フォーブの貧民窟に住んでいたからである。
 ただ、その日を生きる為だけに過ごし、ただ、食料を得るためにストリートを徘徊した幼少時代。それは人生と言えるのだろうか?
 彼の人生に初めて別の色が入ったのは、彼が8歳の頃である。
 その色は闘争と飢えの灰色ではなく、太陽の様に暖かい色をしていた。
 
 アルフリートは死にかけていた。もっとも、その時彼には名前は無い。 原因はリンチによる怪我だ。
 そこら辺にあったビール瓶の欠片で腹を刺されたのだ。
 赤い血が彼の力を失せ、打撲傷が体を焼かんとばかりに責め立てる。痛みと命が消えうせる絶望に心を焼かれ、少しでも痛みをなくす為に必死に傷口を押さえる左手も、希望を求めるように空に投げ出される右手も次第に力を失っていった。
 しかし、不意にその右手を掴む手があった。そして、左手を誰かに捕まれた、血が抜けて冷えた体にはその手はとても暖かかった事を今でもアルフリートは覚えている。
 アルフリートは血反吐で詰まった喉で誰何の声を上げる。だが、死にかけの身体にとって、それはただの息の流れる音にしかならなかった。
「大丈夫です、アナタは私が助けます」
 その問いに返答し、右手を優しく握ったのは優しい微笑を浮かべた同じ8歳のヘイゼルだった。
 アルフリートは今までその感情を知らなかった。しかし、鼓動が休まり、体を強張らなくても良いその感情に身を任せるのはとても心地よい気がした。
 アルフリートが気付いた時には体の傷は全て治っていた、今でもアルフリートには何が起きたのかも分からない、しかし、彼は単純に奇跡と片付けてしまっている。
 そう片付けてしまってもまるで支障が無いからだ。
 アルフリートはヘイゼルに礼がしたいと言った。ヘイゼルは快く受けてくれた。
 アルフリートがふだん使っている寝床に案内し、そこで落ちついてから、ヘイゼルにこれからどこに行くのかとアルフリートは聞いた。
「私ここに来た記憶もその前の記憶も無いんです」
 妙に明るい風に彼女はそう言ってくれた。
 ならとばかりに、アルフリートはここで一緒に住まないかと彼女に言った。彼女はこれまた快くOKしてくれた。
 まるでそれが運命であったかのように。

 それから2週間の生活はアルフリートにとって驚きの連続だった。ヘイゼルの「他人を気遣う心」というのは今までのアルフリートの人生には一切無く、そのくすぐったくも心地良い気持ちはアルフリートに何かの変化と使命を与えた。
 そして、二人が出会ってから2週間後。アルフリートの運命を変える事件が起きる。
 ヘイゼルがいきなり病気になったのだ。近くにいる闇医者に見せたのだが治すには巨額の金がかかると言う。
 その言葉を聞いた時からアルフリートは行動に移った。
 貧民窟にいる人間全てを皆殺しにして強盗を働いたのである。それはアルフリートの潜在的な能力の賜物か、殺す事を生業とするものの宿命か。
 すぐにその事は市の行政に伝わり、警察の武装チームが制圧に乗りこんだ。しかし、アルフリートは罠と貧相な武器だけで撃退に成功してしまったのだ。
 その結果を受け、市の行政はアルフリートの対処を高レベルハンターズに依頼する事を決定する。
 使命感という強いモノを手に入れた獣は、もはや超人の一人になりつつあった。

 殺戮が彼の運命の導き手を呼ぶ事になったのは一つの皮肉だろうか?
 あまりにも強すぎるためハンターライセンスレベルにして未知数と言われる伝説のハンターズ。
 「在らず」のナインを。


 「在らず」のナインは黒髪の偉丈夫である。漂泊を望むその気質以外、彼に対してあまり記録は残ってない。ハンターズライセンスレベル未知数の伝説の強者は今現在生死不明である。
 だが、彼がアルフリートの師匠であり、親同然の人間であることはタークスの人間にとってよく知ることであり、ハンターズへの道を開いた人間である事もよく知られている。
 
 ナインは市の行政から依頼を受け、貧民窟へと足を踏み入れた。
 ナインは規則性を持たない雑居ビルの間を歩き、道に溜まったゴミを踏み砕いて前に進む。
 ナインの前に不意に上から何かが落ちてきた。ナインの目はそれを正確に受け止める。見慣れた物体だ。
 男の死体。内蔵が生々しくもはみ出し、首をかき切られている。
 見慣れた物体だ。
 それを蹴飛ばして道を空ける。襲撃はその時起きた。
 ナインの横のビルの一階の窓のガラスが不意に爆発した。ガラスの刃はナインの強固な肌を貫けず、水と同様にただ肌を光で白く彩る。
 次の音は背後からだ、マンホールの蓋を上に跳ね上げて出てきたのは、緑の刃のセイバーを持つ金髪の少年、アルフリートだ。
 罠にかかったナインを今日の獲物と決めたのだ。
 獲物を狩る獣となったアルフリートは両手で構えたセイバーがナインの心臓を狙う。
 しかし、ナインはその襲撃自体を知っているかのようにアルフリートに向き直った。そして、ナインは左手のシールドであっさりアルフリートのセイバーを跳ね飛ばす。
 アルフリートは即座に後ろにとんで逃げようとする、彼には勝てない獲物からは即座に撤退する理性がある。
 だが、ナインのスピードはまだ外の広さを知らないアルフリートの想像よりも速いスピードで即座に間合いを詰め、猛然とその四肢をアルフリートにぶつけていく。右手が唸りを持って自分よりはるかに小さい少年の顔に容赦も無く迫る。
 アルフリートは両手でガード、骨を折られそうな勢いを持つ拳はまともに食らえば意識を根こそぎ持っていける威力がある。
 地面へと更に叩きつけられるアルフリートを持ち上げるようなナインの左手の一撃。ガードなど関係なく、その一撃は文字通りアルフリートは空中に浮いた。
 とどめとばかりに団扇のように巨大な右手が、浮いたアルフリートの首を握り締め、壁に叩きつける。
「悪いな、強い獣よ。コレも仕事だ」
 人間の首などたやすく砕く膂力がアルフリートの首を締め始める。
 アルフリートの脳裏には今までの人生が浮かび始めていた。
 とても短い、たった二週間の人生。でも、暖かかった人生で一番輝いていた時。ヘイゼルの為なら死ねると思える、自分の中で宿り始めた感情は自分の中で驚くほど進化を遂げていた。

 ここで、終わるのか……。
 俺は死ぬのか……。
 ヘイゼルを救う事も出来ず、このまま血の中でただ死ぬのか……利用した死体の同類になるのか…。
 嫌だ!

 アルフリートはナインの右手に噛み付いた。

 生きてやる生きてやる生きてやる生きてやる生きてやる生きてやる生きてやる生きてやる生きてやる生きてやる生きてやる生きてやる生きてやる生きてやる生きてやる生きてやる生きてやる生きてやる生きてやる生きてやる生きてやる生きてやる生きてやる生きてやる生きてやる生きてやる生きてやる生きてやる生きてやる生きてやる生きてやる生きてやる生きてやる生きてやる生きてやる生きてやる!

 アルフリートの双眸に火が灯った。
 ナインはそれを見て無表情だ。
「フン、生き延びたか…」
 不意に右手が緩んだ。
 アルフリートの体が地面に落ちる。
 落ちたと同時にアルフリートは逃走を開始した。
「待てよ」
 逃走しようとアルフリートが背を向けた瞬間にナインは容赦なくハンドガンで右足を打ち抜いた。
 悲鳴を上げずにアルフリートは倒れた、コイツからは何とかしても逃げなければならない。手で地面を掻いて、アルフリートはさらに逃走を続ける。
 だが、そんなアルフリートの前に巨大な足が目の前にそびえ立った。
 アルフリートの前に立ったナインの表情は面倒臭そうに、かつ皮肉気に歪められている。
 ナインはその表情を無表情に正し、右足を打ち抜かれた事で地面に転がったアルフリートの目の前に立った。
「俺はおまえに興が湧いた」
「?」
 いきなりのナインの言葉にアルフリートは困惑の表情を浮かべた。
「ひとつ言ってやる、おまえの生死は今俺が握っている。俺の興味を引いたおまえの事をおまえが知る限り全て話せ。もし、つまらんかったらおまえを殺す。面白ければ全ての面でおまえを助けてやる」
「そんなことが…」
 アルフリートの目の前に銃が突きつけられた。
「信用で出来る出来ないじゃねえ、コイツは脅迫だ。何ならこの場で殺そうか?」
 そう言われてはアルフリートには何も言えず、ただ自分の事を話す以外に他に無かった。
 彼はヘイゼルの事を話した、自分の気持ちを話した、生きてきた自分の全てを話した。
 あの短くも暖かい二週間の全てを。
 全てを聞いたナインは言った。
「なるほど、おまえは紛れも無く人間だ」
 アルフリートにはナインが何を言っているのか分からなかった。
 そんなアルフリートに、ナインはシニカルな笑みを浮かべて言った。
「すぐにそいつのところへ連れて行け」

 それから先はアルフリートはよく覚えている、ナインはヘイゼルとアルフリートを行政の目から逃がすために「救助」した後も親のいないアルフリート達の親になってくれた。
 そして、アルフリート達が成人した時にまた放浪の旅へと行ってしまった。
 その時、彼は言った。
「アルフリート、おまえが人として生きる一番大切なものを…見極めろ」

 アルフリートはその時の気持ちを忘れていない。
 ヘイゼルを何にかえても守る。
 それが今の彼の人生の最優先事項。
 たとえ相手が何であろうと、彼は負けるわけには行かなかった。
 そして、ナインに負けてから今まで、全ての敵を打ち倒してきた。
 しかし、ヘイゼルはアルフリートの守り無しで危険な任務に行ってしまった。
 アルフリートは思った。
 もう私は要らないということなのだろうか?
 私が今までやった事は無駄なのか?
 アルフリートの心は揺れていた。



 ラウドのフロウウェンの大剣に殴り飛ばされ、柱に叩き付けられたアルフリートはラウドを睨んで一言。
「貴様に私の全ては分からない!」

 ラウドに柱に叩きつけられた後のアルフリートは、痛みから冷静さを取り戻し、彼独自のクレバーな戦術でラウドを苦しめる。
 アルフリートの戦術とは間合いを支配することにある、ラウドやアベルのような大物を振りまわす近距離戦を得意とする者にはアルフリートはダガーによる接近戦か、ハンドガンによる中距離戦でその者が得意とする間合いで戦わない。遠距離戦を得意とするA.Dなら問答無用で接近し、接近戦を得意とする守護者なら近距離か、中距離で戦う。
 これにラウドは苦戦する。

 ラウドはフロウウェンの大剣を接近するアルフリートに叩きつけるように振り下ろす。
 だが、さらに接近したアルフリートは振り下ろされそうになるフロウウェンの大剣をラウドの右手を狙ってブレイドダンスで切りつける。
 すぐにラウドは攻撃を止めて間一髪でそれをかわす。だが、扱いが難しいフロウウェンの大剣を振りまわすという事はアルフリートに攻撃する時間を与えるということだ。
 先程よりコンパクトかつショートに放たれるブレイドダンスに、ラウドは体を左右に振って回避を試みる。
 顔に一つ、腹に一つ、右肩に一つ、あとは全部かわす、かすり傷で済んだのはラウドの身のこなしが良いからだ。
 ラウドは後ろに飛んで距離を稼ぐ。しかし、合わせた様にアルフリートも後ろに飛んで距離を稼ぐ。そこはフロウウェンの大剣の間合いではなく、ハンドガンの間合いだ。
 アルフリートは赤のハンドガンを片手でシャープシューティング。
「弾丸で俺がやれるかよ!」
 ラウドは即座にフロウウェンの大剣を振るって音を超えるスピードで死を運ばんとする弾丸を切って落とす。弾丸はラウドの身に何も起こさない。
 しかし、ラウドのその行動自体がアルフリートの思うがままだ、弾丸がどうなったかという結果すら見ずにアルフリートは間合いを詰めている。
 さらに続く接近戦、ラウドはどうしても自分の得意の間合いをもらえない。かすり傷とストレスが溜まるだけだ。
 そして、定められたかのようにアルフリートがラウドと距離を取った。
「不思議だな…」
 アルフリートが不意に言った。
「何がだよ……」
 ラウドは切れた息を整える様に、息を吐き出しながら言った。
「お前は私すらも捉えられぬ、これまでの戦いを見れば一目瞭然だ」
「それがどうした、まだまだ俺はやれるぜ」
 アルフリートは怜悧な目でラウドを見る。
「ではどうやってあのジャン・ベウトーのスピードを捉えたというのだ?一度手合わせして分かった。奴がSS級犯罪者でありながら一度たりとも捕まらなかったのはあの驚異的なスピードだ。そう確信した。そして、ラウド・エルネイン。お前は一度手合わせして奴に勝った」
 ラウドがさらに息を強く吐き出して言った。
「それが何だって言うんだよ、言いたい事があるんならはっきり言ってくれ!」
 アルフリートは迷い無く言った。
「お前がその時勝ったのは偶然ではないかという事だ」
「ふざけんなよ、アルフ!お前もあの時見ただろう!」
「ああ、見たとも。だが、現に今、私ですらお前は捉え切れないでいる。そんな奴がベウトーに勝利しているとは到底信じられないのだ。分かるだろう?お前は今私に試されている。お前は私にらしくないと言った。ならお前らしさを私に見せてみろ、護る為に強くなったお前か?」
 冷酷なまでに冷たい言葉を、アルフリートは友に吐いた。
「それとも偶然で作られた偽者か?」
 ラウドの顔が赤く染まる。
 アルフリートの理を砕くには、ラウド自分の理と行動で証明してみなければならない。
 だが、それは一朝一夕出来る事ではない。
 アルフリートは強いのだ。
 出来るかどうかは分からない、だから、ラウドは大剣の柄を握りしめる事が出来ない。
 アルフリートは右足を踏み出しながら言う。
「お前の言葉を私に納得させるために証明して見せろ!」
「見せてやるともさ!」
 だが、「不可能への可能性」でラウドの闘志は萎えない。
 ラウドも応える様に踏み出す。
「だが、吹っ飛ぶ事は覚悟しろ!」
 自分を鼓舞するために、叫ぶ!



 アルフリートは相変わらず冷静だった。
 前に踏み出した足はフェイント。即座に射撃をする為に後ろに跳んだのだ。距離を詰めてくる形かと思い、迎え撃とうと全速で前に走り出したラウドは、アルフリートのそのフェイントにもまったく構いやしない。
 全て吹っ飛ばす!
 ラウドが猛然と距離を詰めてくる。突進力の塊となったラウドは風すら後ろにおいてアルフリートへと接近する。
 アルフリートもラウドの接近を容易に許さない。すぐに赤のハンドガンで急所狙いの射撃が飛ぶ。
「甘い甘い!」
 フォトンのはじける音が連続で仮想の古代神殿に木霊し、銃弾の威力すらラウドを押し止める事は出来ない。
 アルフリートはさらに近づいてくるラウドに焦らずに対処する。
 魔法のように赤のハンドガンからジャスティスへと武器が変わり、ジャスティスがその連発力を持ってラウドを襲う。
「弾数増やしたって無駄だ、弾丸は素直すぎるぜ!」
 フロウウェンの大剣が振るごとに楽器を鳴らすが如く弾丸をはじく音がする。ラウドの言葉どおり銃弾はラウドを傷つけない。
「ああああああああああああああああああ!」
 その言葉に応えるように、ブレイドダンスを取り出したアルフリートが前に出る。しかし、これですらアルフリートの計画の内だ。
 ラウドもそれに応えてさらに速力を増す、もはや弾丸のようにぶつかりあおうとする中。
 踏み出されようとするラウドのフロウウェンの大剣を見たアルフリートは・・・・・・、
 さらに容赦無用のフェイントを加える!
 
 ラウドの獲物の射程距離ぎりぎりのところで再度バックステップをする。そうする事によってラウドのフロウウェンの大剣を空振りさせる。
 この高速の戦いでは一度振り出された大剣は命取りとなる。振り戻すまでに時間が掛かり、その間に打ち出されたジャスティスのフォトンの弾丸がラウドを仕留める。
この思考さえ許さぬ高速環境下ではアルフリートの創造性はラウドにとって致命的なものになる………、
 はずだった。

 ラウドは接近するアルフリートに向けて全神経を集中する。
 たとえアルフリートが何をしようともこのフロウウェンの大剣を全力で振り下ろす。それは極限まで高ぶった闘争本能の賜物なのかもしれない。
 もしくは、それを再現しようとする事こそが達人の為す技の領域なのだろう。
 彼は名ある剣豪のみが辿り着く、絶対の領域へとたどり着いた。

 不意にラウドの周りの現象が全て遅くなったのだ。
 二人の足に蹴飛ばされた石も、蹴立ててしまった埃の一つ一つも、自分の鼓動のスピードも、そして、もちろんアルフリートの動きも。
 アルフリートが後ろにバックステップで跳ぼうとしているのすら分かった。
 彼の周りの現象は、彼の感覚の支配下にあった。
 それは知覚と予測の集大成であった。

 奇妙な現象は一瞬で終わった。ラウドはその現象を認識する暇があっただろうか?
 ラウドは斬撃を止めて跳ぼうとするアルフリートを追いかける。その速さはアルフリートの跳躍と比べてもまったく遜色は無い!
「なにぃ!?」
 必殺と思われたフェイントがラウドの接近で敗れたことを知ったアルフリートはそう叫ぶしかなかった。
 肩で風を切り裂きラウドが迫る。跳躍を終えたアルフリートは着地の瞬間が無防備になる。
 ミスをしたのはアルフリートだ。
 ラウドが衝撃すら与えん勢いで言葉を放つ!
「星の果てまで吹っ飛ばす!!!」
 ラウドの剣が唸りを上げて、切り上げられた。

 勝負は決まったのだ。



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