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- いく久しく健やかに - 藤 [12/20(Fri) 19:44]
#1  雨降って - 藤 [12/20(Fri) 19:49]
#2  思い、想う - 藤 [12/31(Tue) 19:41]



#1  雨降って
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12/20(Fri) 19:49
 工学博士キャロル=キャロラインにとって、その日は憂鬱だった。

 公的研究機関と比較すると、個人レベルで機械工学などに手を染めるということは必要な機材や部品の調達において、圧倒的に不利である。
 ともすれば独自の調達ルートを築き上げねばならず、その為には人脈の発掘と、何にも増して『金』が必要だ。
 幸いというべきか、キャロルには工学博士という肩書きの他にフォースとしての側面もあり、ハンターズとして自活することが可能である。
 同時にハンターズなど生業としていると、裏表を問わず実に様々な職業、経歴の持ち主と出会う機会が多い。
 これは例えば、人間嫌いなキャロルであろうと例外ではなく、果たして彼女は、図らずも金と人脈の確保に事欠かなくなった。
 今日もまた、その一端から資材の買い付けに出向いたのだが、先方の指定した場所が研究所のある工業ブロックの反対側に位置する一般居住区の外れであった為、移動だけで随分と時間がかかってしまった。
 加えて、午後に入り雨が降り出す始末である。
 キャロルが用を済ませ、外に出る頃にはすっかり本星でいうところの季節の節目そのままであった。

「…いい加減にして欲しいわね」

 相も変わらず雨―――引いてはパイオニア2の開発者に対する身勝手な言い分をひとりごちながら、キャロルは傘を片手に居住区を歩いていた。
 
 「イングラムはどうしているかしら…」

 イングラムとは、キャロルが初めて全てを手掛けた自立型アンドロイド―――レイキャストであり、同時に彼女にとっては唯一の、掛け替えの無い心の拠り所でもある。
 正式名称はR・イングラム。
 いつもは常に行動を共にしているのだが、今日は研究所(自宅でもある)のことを任せて出てきた。
 とはいえ、特にこんな雨の日にこそ傍らに「彼」が居ないこともまた、キャロルが憂鬱な原因のひとつであった。


 ふと視線を前にやると、来るときは気付かなかったのだが中規模の公園らしき入り口が目に入った。
 公園の奥を見ると、向こう側にも出入り口が見える。

「…ここを突っ切った方が早いみたいね…」

 確かに公園を迂回して行くよりは、ほんのわずかではあるもののゲートへの距離は縮まる。
 しかし、その行動は普段のキャロルを知る者が見れば、およそ似つかわしくないと思うだろう。
 公園の向こうが確実に帰り道に通じているという保障はどこにもなく、日頃ならばより確実な方を選ぶはずである。
 なにが彼女をそうさせたのか―――あるいは早くイングラムの顔が見たかったのかもしれない―――とにかくキャロルは園内に足を踏み入れた。


 公園と言っても石畳の敷かれた空間のそこかしこに申しわけ程度の樹木が植えられているだけの、色に例えるとグレイを思わせる無機質な印象を受ける。
 彼女に言わせれば、この類のものは全て「無駄」以外のなにものでもなく、それ故か次第に不快感をその面に露わにしていく。

 園内を中ほどまで歩いた頃だろうか、不意に雨音に混じり人のすすり泣くような音が耳に入り、キャロルは足を止めた。
 周囲を見回すと、傘もささずに記念碑らしきオブジェにもたれかかり、天を見上げている少女の姿がある。
 本来ならば美しいのであろうハニーブロンドの髪、やや露出度の高めな赤い服、日に焼けたよりも黒い肌の全てがずぶ濡れ。
 少女は、長く尖った耳を低く歪め、頬に伝う雨に混じり涙を流しているように見えた。
 
「…!?」

 そのときキャロルが目にしたのは、眼前のニューマンの少女ではなく―――幼き日の己の姿だった。
 家族に虐げられ、家を飛び出してはひとり泣いていたあの日の記憶。

 キャロルの母が再婚したのは、ちょうど彼女がこの娘の年頃のことである。
 長らく父の居ない彼女にとって、この婚姻は当初歓迎すべきもののはずだった。
 だが、結局はキャロルだけが貧乏くじを引く形になり、独立するまでは「家族」という社会の中に居ながら彼女の傍らにあったのは「孤独」に他ならなかった。
 人前では常に気丈でも、思春期の娘には耐え抜けるものではない。
 そんな時は、誰も居ない―――誰も来ない場所で、ひとり涙を流していた。

 ひとしきり忌むべき過去の記憶を思い出し、ようやく我に返ったキャロルは、おもむろに少女に近づき静かに声をかけた。

「あなた…そこで何をしているの?」

 少女は驚きと、何かを期待しているような表情を一瞬だけ浮かべて声の主の方を振り向いた。
 しかし、声をかけたのが待ち人ではない事実に落胆したのか、直後に暗い面持ちとなる。

「人を……待ってるの」
「せめて傘はさすべきね。そうしていて風邪をひくなんて馬鹿げているわ」
「でも…」

 少女が何かを言おうとするのを遮り、キャロルは自分の傘を少女に差し出すという、まったく彼女らしくない行動に出た。
 キャロル自身も、自分で何をしているのかがよくわかっていなかった。

「ほょ?」
「…早く受け取りなさい。それとも、この私に風邪をひけというの?」
「………」

 キャロルがどこか不条理なことを口走るのに対し、少女は無言で傘を受け取った。
 自分の手から傘が離れるのを確認すると、キャロルは足早に公園の出口に向かう。

「あ…あの!!」

 後ろから少女の声が聞こえるものの、意に介さぬように歩き続ける。

「どうもありがと〜!お名前教えて〜〜!!」
「…」
「お名前は〜?!」
「……」
「な〜ま〜え〜〜!!」
「…キャロルよ」

 ようやく足を止めたキャロルは短く答えると、すぐにその場を立ち去った。

「あたしはユークリッド〜!キャロルさん、ほんとにありがとね〜〜」



 帰り際、途中の店で改めて傘を購入しながら、キャロルは自分の行動に首を傾げるばかりだった。

(私は…まだ昔のことを引きずっているというの…?)

 あの時、少女の姿にかつての自分が重なったりしなければこうして無駄な出費をすることもなく、ましてや雨に濡れて不快感をもよおすなど有り得ぬことだ。

(ふん……馬鹿馬鹿しい)



 

 キャロル=キャロラインは、翌日にはこの出来事を忘れていた。
 自分が名乗ったことも、少女が「ユークリッド」と名乗ったことも。
 彼女の関心は常に、数多の電子機械と、なによりR・イングラムにのみ向けられていたからだ。


 ましてや数日後にキャロルの傘を手に訪れる客人のことなど、彼女には考えもつかぬ出来事だった。



                                                〜続く…



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