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強く儚い者たち=3=
沙樹 [HomePage] [Mail]
7/17(Sat) 7:39
セルシンの中をその時の映像が駆け巡る。
カリシノゲナーゼでは皇帝の貴族癒着の独裁政治と、民衆間での争いが絶えなかった。
何かの祭事の際には必ず、阻害する民衆軍が立ち上がり、それを抑圧され、
さらに民衆間の反感は高まって行った。
幼い頃から低級階層で育ってきたセルシンとて、民衆と同じ気持ちで居た。
あの皇帝さえ居なければ、父や母や兄弟たちは苦しまずに済む。
そう思い、剣術を覚える事に明け暮れた。
そして、青年になった時には最高の剣術使いと言われ気付けば民衆を指揮する
立場に立っていた。
そんな中偶然にも出会ってしまったリーゼ。
森の奥、湖の脇。
リーゼは密かに館を抜け出しこの湖に憩いに来たと言っていた。
その若くみずみずしい容姿にそぐわない、重いベールが彼女を包んでいた。
内に大きな意志を持っている、その姿が儚げであった。
リーゼの素性は明かされることは無かったがどこかの貴族の娘であろう事、
そして、自分の地位には婚姻するには見合わないと言うことは分かっていた。
分かっていたが、燃え上がった愛情は消すことは出来ない。
彼女の灰色の瞳も、胸まで伝う長い赤みのかかった髪の毛も、
そして何よりもこの愛らしい想いを大切にしたかった。
必ず、この独裁政権をつぶし、貴族と平民の境を無くすことが彼女への道だと信じていた。
そして、反乱前日の最後の密会。
「君を必ず迎えに行く」
その言葉の意味をどう捉えたのだろう。
彼女は寂しくただ、涙を流しそして言ったのだ。
「嬉しい、でも、恐らくわたくしは・・・」
それ以上は涙に濡れて何も言えなくなってしまった彼女がそこに居た。
ただ、抱きしめ、そしてこの手に入れる事をセルシンは誓った。
それは、精霊日。土地の宗教感からある、古い昔から設けられていた祈りの日。
全ての仕事が休み、人々が外出することは決して無い神聖な月に1度の日。
その日に反乱を実行した。
城に駆けつける民衆、それに敵対する傭兵。
多くの犠牲者が出る中最上階に上がったとき・・・
そこに居たのはリーゼとヒンダトール帝であった。
斬りつけにかかる反乱軍。
そこに皇帝直属の護衛が現れる。
流石は戦闘のプロである。数よりも技力。圧倒的に反乱軍は不利であった。
が、しかしリーゼを捕らえた反乱軍の一員がリーゼに手を掛ける。
「・・・っっ!!」
セルシンの声にならない声。
リーゼの悲鳴、流れ落ちる血。ただ、もう分からなかった。
自分の身がどうなっているのか、何処に置かれているのか、
何をしているのか、何が見えているのか。
ただ、リーゼの身を守り、その場から立ち去って居た。
愛する人を傷つけた。
この、小さな愛する人を。
こんなはずではなかった。こんな再会ではなかったはずだ。
彼女が決して素性を明かさなかったのも、
最後の日に悲しく微笑んでいたのも、全ては全てを彼女が知っていたからだ。
それでも彼女は
「貴方を待っているわ」
そういった。どんな想いで?どんな想いでその言葉を吐いた?
分からない。ただ、この命をか細くなっているこの命を救いたい。
そして、自分のしてしまった大きな過ちを許して欲しい。
あのまま、あの湖で会い続ければよかったのだ。
あのまま、決して手に入る事の無いこの人を見守り続けていればよかったのだ。
どうして強欲になってしまったのか。
息がか細くなるリーゼ。命のともし火が消えていくのが分かった。
彼女を抱えながら仲間を見放した、自分。
自分は何をしたかったのだろう。
この人の為だけにこれだけの命を犠牲にしたのか?
それでも、彼女をどうしても失いたくはなかった。
セルシンは氷が深く覆う山の麓の魔女の話を思い出した。
行き先も不確定のまま、リーゼの傷を薬草で癒し、不眠不休で歩き続けた。
そして、鬱蒼とした森の中に古く閉ざされた魔女の家があった。
ただ、不気味なだけ。
そして、心の凍る笑顔。
魔女はリーゼを救うことをあっさりと引き受けてくれた。
「ただ、いくら魔術とは言え、死んで行く命を引き止める事は出来ん。
妖艶の華を探し出し、”華の魂”があればこの子の命は助かるだろう。
あんたの命は無くなるがな。
とりあえず、この子は寝かしておく。せいぜい持って2ヶ月だろう。
それまでにここに”華の魂”が来れば助けてやれる。
まぁこの世界にいるわたしでも一度もお目にかかった事のない品だ。
おそらく見付からんだろうがな」
そして、魔女は笑った。
魔女がリーゼを助けた理由。
それは人が妙な救いがあると希望を持ってしまうという裏腹な真理をもてあそんでの事だった。
それでも、それが分かっていても、その希望を失いたくはない。
妖艶の華を探しに・・・。


セルシンはグラスに残っている酒を一気に仰いだ後、一言付け加えた。
「本当に知らなかったんだ・・・リーゼが・・・リーゼがヒダントール帝の愛娘という事を」
彼が何処に思いを馳せているのかまでは、メレリルには想像しかねた。
見えるのは、セルシンがリーゼを愛して止まなかった事、
そしてその彼女が命の危機をむかえている事、
彼が彼女との全ての事象を悔やんでいる事が分かった。
セルシンは疲れ果てていた。
己を見詰めることも、この旅にも。
「愛しているのね」
「・・・あぁ、狂おしい程」
彼はまた、自分の拳を見詰め、手に抱いた愛する人を思っていた。
メレリルは、優しく彼の大きな背中を撫でた。
この大きな背中は、ただ今疲れ果てているだけだ。
何も感じない、何も思えない。
今あるのは大きな後悔だけ。
町の中央にある礼拝堂が深夜の12時を告げる鐘を鳴らした。
再びの重い沈黙。慰めの言葉は余計に心を辛くするだけだ。
「宿は?」
「あ・・・あぁ・・・」
そんな事はすっかり忘れていたという顔をして、彼は狼狽えた。
「今日の宿か・・・。すっかり忘れていた」
暫く、野宿生活を続けていたせいであろう。普通の町での、普通の過ごし方を忘れてしまった。
「ここは料理屋なの」
メレリルは言い切った。
そして、間髪入れずにこう続けた。
「だから・・・だから、ここに泊めるのはわたしの大事な人だけ。
それでもいいなら、安らぎの床を用意してあげる。さぁ、いらっしゃい。甘いお菓子をあげるわ」
優しさと言う、傷。
それでも何もせずにこの人を見過ごせないとメレリルは思っていた。
手を差し伸べ、二階へと導く。



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